僕らの関係

とにかく、富松くんと話そう。
出会ってから随分と経つというのに、私はいつまで経っても迷子と思われたままだ。このままじゃいけない。一度しっかり話をして、何とか誤解を解かなければ。

そう思ったのは数日前。けれどそんな機会はなかなか訪れず、もうすぐ出会ってから2ヶ月になる。



「ありがとう、三反田くん」
「気にしないで。いつか僕が頼ることがあるかもしれないし」

理科の教科書を忘れたことに気付いた三時限目終わりの十分休憩、三組の三反田くんに教科書を借りに行くと、彼は快く貸してくれた。その前に行った一組の孫兵は理科の授業がなかったから、すごく助かった。
三反田くんが何かを忘れたときは是非貸せるようにしよう。そうは思えどきっと富松くんたちに借りるだろうなぁとも分かっている。まあ、そう言ってもらえるだけで嬉しいんだけど。

「あれ、真下。来てたのか」
「こんにちは、浦風くん」

予習か何かが一段落したんだろう、三反田くんの隣の席にいた浦風くんにも挨拶。教科書を忘れたことを話せば、浦風くんも呆れたように笑った。
もう少し彼らと話したかったし、休憩時間も半分くらい残っていたけれど、次の理科の授業は移動教室だったし富松くんが探しに来てしまうかもしれないから「じゃあ、そろそろ戻るね」そう口にする。

「あ、うん。こっちのクラスは終わったから、返すのいつでもいいからね」
「ありがとう」

三反田くんはそう言ってくれたけど、なるべく早く返しに来よう。三反田くんに迷惑は掛けられない。絶対に汚さないようにしなくちゃ。既に水に濡らした痕はあるけどそれとこれとは話が別だ。
三反田くんの親切によってほくほくとする思いは、けれど「あっ!」彼の声に掻き消された。

「真下!」
「……富松くん」
「此処にいたのか、勝手に外に出るなって」

気付かれたか。富松くんが探しに来る前に戻れたらよかったんだけど。私は内心舌打ちしつつ、富松くんに三反田くんの教科書を突きつける。

「三反田くんに教科書借りに来たの。私は方向音痴じゃないし、理科室は何度か行ってるから大丈夫だよ」
「迷子になってからじゃ遅いんだよ。十分休憩じゃ探すのも大変なんだからな」
「だから大丈夫なんだってば」

どれだけ言っても押し問答。やっぱり誤解を解くとか無理なんじゃないだろうか。
少なくとも他のクラスの前でやる話じゃないなと、また授業に遅れてしまっても困るからとりあえず富松くんに従おうかと、腕を掴む富松くんに対して口を開こうとした、そのときだった。

……クスクス。

思わず三組の教室に振り向けば、慌てて視線を逸らす女の子ふたり。けれど確かに彼女たちはさっきまでこちらを、私と富松くんを、見ていた。
視線をぐるりと移す。こちらを見ているのは彼女たちだけじゃなかった。他の女の子も男子もこっちを見て、ううん、それは自意識過剰という奴か。被害妄想と言った方が正しいのかもしれない。

それでも確かに――……笑われた。

ぎゅっと目を瞑る。深く呼吸をして、それから目を開けた。どうにか笑顔を作り、三反田くんと浦風くんに向ける。心配そうな顔をするものだから、笑顔になってなかったのかもしれないけど、指摘される前に私は口を開いた。

「じゃあね、三反田くん、浦風くん。教科書、早く返すから」
「う、うん……」

それだけ言って、歩き出す。休憩時間は残りわずかだ。授業に遅れるかもしれないなぁ、早足で向かおう。「お、おいっ」富松くんの声が聞こえるけど聞こえない。聞こえないから気にしない。
私は当然、迷いなく迷うことなく進む。

「真下!」

理科室までの道のりの、半分くらい行ったところで腕を掴まれた。そのまま振り返らされそうになって、「痛いんだけど」私はそれを振り払う。
そのときに見えた富松くんの表情は戸惑いで、私は「はあぁ」と深く深く溜め息を吐いた。

何、その顔。バッカみたい。




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