僕らの通学路

遠足が終わって、休日も過ぎた登校日。
遠足のことを思い出すと少し憂鬱な気分だったけど学校を休むわけにも行かなくて、うだうだと悩んで時計を見ればいつもより遅い時間。そろそろ家を出なければ間に合わなくなってしまう。深呼吸をして覚悟を決めると、私は玄関のドアを開けた。

「あ、真下」
「……何してんの?」

次屋くんがそこにいた。
次屋くんの家は、学校を挟んで逆方向だった筈。どうしてこんなところにいるのか、なんて訊いても無駄だろう。それでも一応程度に訊いてみると、次屋くんは当然と言いたげに答える。

「何って学校行くんだよ」

やっぱり迷子だった。どうしよう。巻き込まれたくはないんだけどなぁと思うけれど、さすがに学校外だと放置するのは危険すぎる。隣の市とか、他県に行ってしまうかもっていうのは考えすぎじゃないだろう。
「神崎くんと富松くんは?」保護者は何をしているのかと問えば、先に行っているとの答え。神崎くんが早朝から委員会があったらしい。富松くんはそれに連れていくため一足先に登校した、と。

「……富松くん、待ってろとか言ってなかったの?」
「そういや言ってたかも」

何でだ?次屋くんは首を傾げる。次屋くんが方向音痴だからだよと伝えても、やっぱり自覚はない。
富松くんは今頃必死に探しているかもなぁ、と思っても、次屋くんに連絡を取るよう言うのはまだ私の中に蟠りが残っていて憚られた。というか次屋くんは携帯電話を確認する癖をつけるべきだと思う。きっと着信履歴に富松くんの名前がずらりと並んでいるだろう。
どうしようかなぁ、と悩んでいると、がちゃりとドアの開く音。私の家じゃない、隣の家だ。

「あれ、何してるの?」
「おはよう、孫兵。ジュンコちゃんも」
「おはよう時枝。こんな時間まで家にいるなんて珍しいね」

首元に巻きつくジュンコちゃんと相変わらず仲良しな幼馴染みは、そうだ、次屋くんとも友達だった。孫兵に任せたらきっと大丈夫だろう。

「次屋くんがいて驚いてたの」
「ああ、また迷子になったのか」
「人を方向音痴みたいに」

次屋くんがムッとしているところはスルーして「一緒に行こうか」と孫兵は言う。「作兵衛には僕が連絡しておくから」は私に向けた台詞で、私がまだ割り切れていないのもお見通しのようだった。



次屋くんとふたりは遠慮したかったけど、孫兵も一緒なら問題ない。三人並んで通学路を歩く。時折別方向に行こうとするのを引き止めなきゃいけないから、真ん中は次屋くんというちょっと不思議な感じ。
そういえば次屋くんとはあんまり話したことがなかった。迷子として一纏めにされることはよくあったけれど、話すとしたら大体神崎くんだった。遠足でも、私はあんまり彼らと関わりたくなかったから話したのはカレー作りのときくらい。
どうしてだっけ、と考えて思い付いたのはふたつ。ひとつは、次屋くんが無自覚というちょっと厄介な方向音痴であり、その前例によって私も同じ扱いをされてしまうから。もうひとつは、次屋くんとは直接会話を交わさないうちから方向音痴と知ったからだ。
特に後者が原因だろう。神崎くんとは方向音痴という先入観なく知り合った。つまり、ゼロからのスタートだった。神崎くんと出会ったときの状況とか、彼の性格とか、多少なりとも彼にいい印象を抱いてから方向音痴であることを知ったから、いきなりマイナスに振れることはなかった。
けれど次屋くんは違う。初対面は入学式前のあのときだったけど、そのときは急いでいてろくに会話なんてなかった。次に話すときまでに重度の方向音痴であることを他の人から聞いていて、苦手意識を抱いて、マイナスからのスタートだったのだ。苦手意識を持ってしまってからじゃ仲良くなろうとするのは難しい。あんまり友好的に出来なくて、その調子のままずるずると当たり障りのない関係を築いていた。
次屋くんは、あまりいい気をしなかっただろうなぁ。最初から仲良くする気のない奴と、一緒にいなきゃいけなかったなんて。申し訳ない思いが一気に湧き上がって、「ごめんね」ついそんな言葉を零してしまった。

「え、何?」
「ちょっと、こう、申し訳なくなって」
「時枝はたまに唐突なんだ。特に思い当たることがないなら流しとけばいいよ」
「ふーん。変な奴」

次屋くんの言葉がぐさりと刺さる。確かに今のは唐突すぎたかもしれないけど。きっと悪気もないんだろうし、あったとしても仕方ないんだけど。
弁明しようかどうしようか、私が迷いながら口を開く前に、「でも」次屋くんが笑った。

「面白い奴だよな、真下って」

その笑顔に嫌味なんて欠片もなくて、私に悪印象を抱いていないことを教えてくれる。多分。
心が広いのか、ちっとも気にしてなかったのか。その答えが何なのか私には分からないし、次屋くんの考えが読めるほど次屋くんのことを知らない。次屋くんのこと、ちゃんと知ってることなんて方向音痴なことくらい。

「三之助、そっちじゃない」
「学校はこっちだよ」

知らないのなら、知るべきだ。すべてを嫌だと言う前にちょっとでも知る努力をしよう。決めつけてたら、その人を信じられないのだって当然だ。




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