僕らの同行 思った私が馬鹿だった。 あいつらどこ行きやがった、おっと汚い言葉遣いごめんなさい。けれど毒づきたくもなるものだ。 私はひとり、森の中にいた。 いや、せいぜい林か。どっちでもいい、とにかくひとり取り残されたのだ。班行動のオリエンテーリングの最中、案の定迷子になる方向音痴ふたりと、縄で繋いでて引っ張られた富松くんに置いていかれて! オリエンテーリングは地図を見ながら林間コースのチェックポイントを巡り、そこでちょっとしたクイズに答えるといったもの。林とはいえこんなことに使われるものだから踏み固められた道が出来ている。出来てはいるが、どの道を歩けばいいのか分からない。私は方向音痴じゃないけれど、地図は当然富松くんが持ってるし、地図を一度も見せてもらえなかった状態で、どうやって動けばいいというんだ。もうやだ泣きたい。 「泣くな私……チェックポイントを繋ぐ道の途中にいるのは確かなんだから、待ってれば誰か通りかかる筈……」 声に出して自分を鼓舞する。最悪引き返そう。迷子抑止に力を入れていたから、しっかり覚えてはいないけど、このまま進むよりはましな筈。 がさがさ、と茂みが音を立てる。はっと振り返れば人影ひとつ。いや、なんで茂みから?そうは思えどその人物を認識したときにはどうでもよくなっていた。 「あれ、真下さん」 「三反田くん!」 「どうしたの……ひとり?」 あちこちに葉っぱを引っ付けて出てきた三反田くんは、不思議そうな顔で首を傾げた。そっちこそ、と問おうとしたところでがさがさともう一度物音。 「大丈夫か数馬!」 そう姿を見せた彼は、私と目が合うと「……と、誰?」気まずそうに付け足した。 三反田くんに続いてやってきた彼、浦風藤内くんと簡単に自己紹介を交わして、互いの現状を説明しあう。三反田くんは此処より少し小高い位置から足を滑らせてしまったらしい。そこを登るのは一苦労ということで、彼らの班は二手に別れることにした。で、浦風くんが三反田くんを追いかけて此処まで来たのだそうだ。こうなることを想定して地図を二枚貰ってたって言うんだから驚きだ。これが保健委員会の不運か、と少し前に聞いた話を思い出す。 っていうか、自分も地図貰っておけばよかった。こうなることは予想出来たのに、考えが足りないな、と反省。 「そっか、置いてかれたんだね……」 「参ったな、こういうときの予習はしてなかったんだけど」 三反田くんが気遣わしげに呟き、浦風くんが困ったように眉を下げる。そりゃあこんなことまで予習出来てたらむしろ恐いよ浦風くん、とは言えなくて、誤魔化すようにあはは……と笑った。 いつまでもこうしているわけにもいかない。さて、どうしようか。私と浦風くんが頭を悩ませようとしたそのとき、三反田くんはふんわりと微笑んだ。 「問題ないよ、藤内。予習通りゴールを目指せばいいんだよ。真下さんも一緒に」 「え」 「い、いいの?」 「こんなところでも、地図もなしじゃ危険だよ。それに、僕らには地図はあっても此処がどの辺りか分からないだろう?真下さんなら分かるんじゃないかな」 「あ、うん、大体なら分かると思う」 私も浦風くんも目を丸くする。願ってもないことだけど、本当にいいのだろうか。迷惑じゃないかと訊く前に話を続けた三反田くんに、私は出すつもりだった言葉を飲み込んで頷いた。 チェックポイントからは少し離れているけど、今までのルートを思い出せば何とかなるだろう。けれど、少し歩いて地図と照らし合わせば此処がどの辺りかくらいすぐに分かる筈だ。三反田くんも、なるほどと頷いた浦風くんも、きっと私が気にしないように役割を与えてくれたんだろう。 「作兵衛にはメールを……僕のは電池切れちゃってるから、藤内、お願いできる?」 「ああ」 「ごめんね、ありがとう、三反田くん、浦風くん」 ふたりともいい人だ。 さっきとは別の意味で泣きそうになるのを我慢する。孫兵に聞いてもらおう。よかったね、って、きっと言ってくれる筈。 ああ、そうだ、もうひとつ。転ばないよう三反田くんに手を貸す浦風くんの名前を呼ぶ。 「ごめんね、浦風くん」 「そんなに謝らなくていいよ」 「や、別件でちょっと」 「え?」 「こっちの話」 「真下!おまっ、大丈夫だったのか?!」 「う、うん、三反田くんと浦風くんに会えたから」 三反田くんが躓いたり蜂に追われたりしたけれど、別段問題もなくどうにかゴールに辿り着くと、私たちを出迎えたのは富松くんだった。勢いに気圧されながらも答えたのは、彼に届いただろうか。 「こんなとこでも地図無かったら危ないだろ、作兵衛、気を付けろよ」 「あ、ああ、悪かった。……数馬も」 間に入ってくれた浦風くんに、富松くんが渋々といった感じに頷いた。それから三反田くんにも一言言って、もう一度私に向き直る。何だろう。言葉を待つ私に、富松くんは口を開く。 「真下も、もうはぐれんなよ」 ……え? 一瞬何を言われたのか分からなくて、頭の中でリフレイン。はぐれるなと、言ったのか。はぐれたと言いたいのか。私が、彼らからはぐれたと―― 「作兵衛っ、」 「え?」 「……大丈夫だよ、三反田くん」 焦った様子の三反田くんを、笑顔を形作って押し止める。「ごめんね富松くんじゃあ私孫兵のとこに行くから」早口に言葉が流れ出て、言い終わるかどうかのところで私は走り出していた。 富松くんが呼び止める声を聞きたくなくて耳を塞ぐ。三反田くんが何かを言ってる。聞こえない。浦風くんが何かを言ってる。聞こえない。 二回耐えた筈の涙が、今度は止めることもできそうになかった。ちくしょう、と汚い言葉が口をつく。滲み出す視界で探すのは幼馴染みの姿。ぽつんと佇む彼の背中に飛びつけば、驚いた声を上げて一歩よろめいた。 「まごへい」背中に頭を押しつけて名前を呼ぶと、「時枝」彼の静かな声が私の名前を紡ぐ。彼が吐いた溜め息は呆れからか安堵からかは分からない。けれど振り払われることはなく、その体勢のまま孫兵は訊いてきた。 「どうしたの、時枝。泣いてるの?」 「なんでもない」 「……原因は予想つくけど、理由までは分からないよ」 「なんでもないの」 孫兵はもう一度溜め息を吐く。それからずるずると私を引き摺りながら移動を始めた。止まった場所は人目につかないところ。泣いてもいいとは言わなかったけど、泣くなとも言わない孫兵の優しさに甘えて私はしゃくり声を上げた。 やっぱり、来なきゃよかった。 そう口にしたら孫兵が悲しい顔をする気がして、三反田くんたちに失礼な気がして、零れかけた言葉は飲み込んだ。集合が掛かるまでには、泣き止まなきゃ。 ← → 目次 ×
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