いつわり

忍たまだった彼らがこの世にいるように、くのたまだった彼女たちもこの世にいる。六年間を共に過ごした者、行儀見習いで別れた者、後輩や先輩。やはり全員を見つけたわけではないけれど、同室だった子には今世でも出会えていた。
勿論、『あの頃』の記憶はない。けれど友人関係を一から築いて、すぐに親しくなり、いつしか親友と呼べる仲になった。同性ならばこんなにも容易いものかと思ってしまったことを覚えている。
そしてそう考えてしまうことが、この友情が歪なものだと語っていた。過去に彼女が好きだったものを自分も好きだと言って、趣味が合うねと笑う。彼女に彼女でない彼女を重ね、その違いを見つけては勝手に落ち込む。彼女がそれに気付いていなかろうと、こんなものが正しい友情であるわけがなかった。
だからだろう。三木ヱ門、藤内、中在家先輩。記憶のある彼らに、過去を捨てきれない私は酷く依存している。自分を偽る必要のない存在に縋って生きている。
いつか割り切れるよとあの人は言ったけれど、それは本当だろうか。頭を撫でてくれた手は、もうすぐ近くにはいなかった。中在家先輩よりひとつ年上だったあの人は、あまり近くない高等学校に進学した。この世界は広いくせに狭くて、狭いくせに広い。

話を少し変える。
また彼や彼女らと巡り会えたからといって、人間関係がその中だけで構成されるわけがない。たとえば、クラスの女の子たちとも友好関係を築いていかなければ学生生活はやっていけないのだ。いじめだ何だと面倒くさいことが山ほどある。
幸いと言うべきか、元はくノ一であったから人の心や感情の機微を読み取るのは得意であった。なるべく面倒くさくなくて、異端でもないグループを選び友達として溶け込むことはお手のもの。その友情を無理なく円滑に続けていくのも容易いこと。
というわけで、私は只今絶賛恋バナ中であった。

「やっぱり鉢屋くんだよね」
「ええー、不破くんでしょ」
「竹谷だっていいじゃない」

放課後の教室。クラスの半数ほどの女子が円を作るように集まる中で、私は興味がある風を装っていた。いや、装わずとも興味はあった。彼女らたちの、彼らの評価に。
三郎たちはどうやら人気があるらしい。三郎のミステリアスなところとか、雷蔵の優しいところとかがいいそうだ。ハチのような快活な、クラスの中心となる性格も人気。とりあえず三郎のミステリアスだけはちっとも同意できないが、彼女たちの意見に相槌を打つ。彼らと同じ班だというだけで敵視されかねないけれど、それをされないキャラを作って偽ることも、朝飯前。

しかし恋の話はいつの時代も変わらない女の子の定番らしい。『昔』だって、よくくのたまの皆で集まって話していたものだ。たまに『誰が一番悪戯に引っ掛けやすいか』とかいう議題もあったな、保健委員会大人気だった、ってのは置いといて。
誰それが付き合ったとか婚姻を結んだとか男に振られたから毒を盛ったとか。今に比べて少々過激な話もあったけれど、それは思い出さなかったことにしよう。

「香純ちゃんは?誰がいいと思う?」
「私?」

思い出を掘り起こしてちょっと意識がどこかに行っていたけれど、そんなことには気付かせない。話を振られた私は考える素振りを見せて、けれどにこりと笑顔を作る。答えなんて決まっていた。

「私は、彼氏一筋だから」

事実をきっぱりと。その答えに彼女たちは驚いたり納得したり。「うっそ、香純ちゃん彼氏いたの?!」「だれだれっ?」その反応が少し面白くて、私はほんのちょっとだけ時間を置いてから口を開いた。今度は申し訳なさそうに。

「ごめんねー、副会長が大っぴらに異性交遊について話すのって憚られるっていうか」
「今どき不純異性交遊?」
「かっこ笑い?」
「……っていうか潮江先輩にバレたら怒られそうだから」
「あー」
「あー」

不服そうな彼女たちに生徒会会計の名前を出せば、皆納得するような声を上げた。さすが、今世ではギンギンに生徒会してる役員、凄まじい説得力だ。
「皆は秘密にしてくれるだろうけど、あの人どこで聞いてるか分からないし」だから、ごめんね。いつか話すから、なんて約束もしてしまえば彼女たちは仕方無さそうに追及をやめる。もう一度言おう、潮江先輩の説得力は半端じゃない。

「ま、潮江先輩だけは違うってことね」
「いやいや、恥ずかしいからそういうことにしてるだけかも」
「あはは、推測はご自由に!」

憶測が飛び交い、話はすぐに逸れて三年生では誰が格好いいかという議論に移る。それにもまた相槌を打っては少し喋ったりを繰り返し。

「予算会議の潮江先輩かっこいいよねー」
「それなら食満先輩の方がよくない?」
「体育祭とか試合中の七松先輩は輝いてるよ」
「中在家先輩はクールで素敵」

ここには『昔』の顔がない分、随分と楽だ。皆の反応は気にしていても、昔を重ねて話す必要があまりない。彼らの名前が出てくること、それが足りないことには少し胸がちくりとするけれど。
ああでも自分の彼氏の名前が出てくることに反応するべきかな、なんて考えながら、私はやっぱり相槌を打った。


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