しらない

前の席に座る七音さんとは、喋ったことがあまりない。
いや、あまりない、という表現は相応しくないのかもしれない。三郎みたいに関わりを遮断しているわけじゃないし、ふたりしかいなければ世間話くらいする。ただ、会話が長続きしないのだ。
俺は人見知りをするような性格じゃないし、そんな奴とも簡単に打ち解けられる。場を盛り上げるのだって得意だと思っているし、会話が続かなくて困ったことなんてなかった。
それなのに、七音さんとは話せない。
どんな話をしていても、いつの間にか会話が終わってしまう。七音さんの方が会話が苦手というわけじゃない筈だ。男子が苦手というわけでもないだろう、俺や三郎、雷蔵以外とはよく喋る。そう、俺達以外とは。
気を使ってるんだろうか。
三郎は七音さんを嫌っているらしく、俺達の中に入るのを拒んでいる。特に雷蔵とは関わらせたくないみたいで、それを露骨にして隠しもしない。雷蔵には悟らせまいとしてるみたいだが、さすがに無理がある。雷蔵はどうにか態度を改めさせようとしているみたいだけど改善の兆しはちっとも見られなかった。

「竹谷くん?」

七音さんの声にはっとする。ホームルームの最中、配られていたプリントに気付かず考え込んでしまった。
振り返っていた七音さんが不思議そうに俺を見ていて、「わ、悪い」慌てて受けとればくすりと小さく笑った。
普通の女の子だ。クラスの他の女子とそう変わらない。おとなしい方みたいだけど友達は多くて、嫌な感じもない。生徒会に入ってて真面目な子だと思う。

三郎は彼女の何が嫌いなんだろう。警戒心が強いというか、なかなか人と打ち解けない三郎でも、一ヶ月もしたらクラスメイトに敵意を見せることなんてなかった。それが七音さんにだけは、毛を逆立てて威嚇する動物みたいな反応。こんな三郎は幼少期以来だよとは雷蔵の談だ。
理由さえ分かれば協力だってできると思うのに、話題に出すだけでむっつりと黙り込むんだから手に負えない。

別に仲良くなれとは言わない。ただのクラスメイトとして、挨拶を交わせる程度になってくれれば、きっと七音さんは俺たちとも会話をして、給食の時間だってグループでの作業だって楽しく過ごせるだろう。
既に前を向いてしまった七音さんの後頭部をじっと見つめる。せめて俺と彼女の席が反対だったら、振り返って会話することもできるのに。そしたらどれだけ会話が途切れても別の話題を広げて、打ち解けてみせるのに。
せっかく一年間一緒のクラスなんだ、やっぱり仲良くしたいよなぁ。


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