ふたり ランドセルは、友達を背負うことが難しくなって不便だ。僕は常々そう思う。けれど「ごめんね」と泣きながら謝る数馬にそんな弱音を吐けるわけもなく、ランドセルは胸の前に来るようにして腕を通し、彼を背負って歩いていた。 つい先程、相変わらずの不運で数馬は転び、両膝を酷く擦りむいたらしい。痛みで歩けないでいるところに、僕が通りかかった。常備している絆創膏は今日に限って僕も数馬も切らしていて、とにかく傷口を洗おうと近くの公園に向かっている最中だ。 「いつも迷惑掛けてごめんね」 「迷惑なんかじゃないよ。僕が先に帰ってなくてよかった」 「うん……他の子は、気付いてくれなくて。本当に、ありがとう」 数馬は今世でも影が薄い。隣の子に声を掛けて驚かれたり、出席で名前を飛ばされるのもしょっちゅうだ。それを馴れたと言ってほしくないから、僕はいつでも数馬と一緒にいる。それは『約束』でもあった。 「藤内はいつも僕を見つけてくれるね」 「約束したからな」 「約束?」 「数馬のことを忘れない、いつだって見つけてあげるって」 「そんな約束したかな……」 数馬が覚えていないのも無理はない。だって、これは前世での話だから。前世の、丁度今頃の年齢に交わした約束。 この世に生まれて、ある程度自由に動けるようになってから一番初めに探したのは数馬だった。すっかりと変わった世界で独りだと嘆いていないか心配だったから。結局数馬は憶えていなかったけど、そのことに関してだけはよかったと思っている。僕が傍にいたら、もう誰からも忘れられる心配なんてしなくていいんだから。 「忘れててもいいよ。僕は約束がなくてもそうするつもりだから」 「……ありがとう、藤内」 他の皆はまだ見つけていない。この辺りにいるのかも分からない。僕らの通う学校には居なかったけど、他の小学校にいるのかもしれない。 それでも、あいつらに記憶があるのかは分からない。あの頃の僕の仲間は、今はもう数馬だけなんだ。 「藤内?」 名前を呼ばれてはっとする。いけない、考え事に耽ってしまった。呼んだのは数馬かと顔を上げると、視界に映るのは中学校の制服だった。 「香純先輩!」暫く会っていなかった、数少ない前世からの付き合い。数馬を見て息を飲んだのが分かったけど、僕は首を横に振った。 察した香純先輩は目に落胆を浮かべ、そしてすぐに何でもないような顔を貼りつける。 「その子、怪我してるの?」 「は、はい」 「手当てしないとね。代わろうか?」 「いえ。……あの、すみませんが、手提げ鞄だけ持ってもらえますか?」 数馬を支えながら持っていたそれを、すぐに先輩は受け取ってくれた。意外と持ち辛かったからありがたい。 目と鼻の先の距離になっていた公園に入り、ベンチに数馬を降ろす。水を汲んでくるねと先輩が水道に向かうと、ランドセルも下ろしてしまった。ふう、と息を吐けば、困った様子の数馬が口を開いた。 「……と、藤内、あの人は?」 「……二つ上の、七音香純先輩。心配しないで、手当ても上手だよ」 知っているわけがないと分かっていても少し辛い。香純先輩は保健委員だったから、数馬のことも可愛がっていた。先輩もきっと悲しいだろう。そんな想いは、きっと何度もしているんだろう。 戻ってきた先輩はそんな素振りをちっとも見せずに、傷口を洗い手当てを始める。消毒液やガーゼも持ち歩いているのは昔の名残なんだろうか。実に手早く手当てを終えると、「痛くなかった?」そう微笑んだ。 「は、はい。ありがとうございました」 「いいえ、藤内のお友達だもの。これからも藤内と仲良くしてあげてね」 「は、はいっ」 何度も頷く数馬に、目を回すぞと笑えば既に遅かったらしくぐらりと揺れた。 本当はもっと話していたかったけど、僕らはまだ子供だから門限が早い。空は夕焼けに染まっていて、そろそろ帰らなきゃねと先輩の一言で立ち上がった。 また数馬を背負って、先輩に僕のランドセルと手提げ鞄を持ってもらって歩き出す。数馬の家に行くのはそんなに遠回りにならないから、送るよと言う先輩には遠慮せず付き合ってもらった。 夕日に照らされて伸びる影を見つめながら、僕らは話をする。「数馬くんって呼んでもいいかな」香純先輩がそう訊くと、数馬は何度も頷きどもりながら返事をした。 昔は『数馬』って呼んでいたのに。そりゃあ、今回が初対面だから仕方ないんだろうけど。このまま仲良くなれたら、昔みたいに呼びあうのだろうか。 「先輩、今度先輩の家に遊びに行ってもいいですか?数馬も一緒に」 「勿論。数馬くんも、いいのなら」 「ぜ、是非!」 そうなればいいと思う。新たな関係の中でも、昔と絶対同じになれないわけじゃないんだから。 記憶がなくたって、僕と数馬は友達になれたんだ。だから、きっと、香純先輩だって。 数馬を抱え直して、僕は前を向く。先輩の影と僕らの重なった影がずっと遠くに伸びていた。 「約束、ですよ」 「うん。約束、ね」 先輩の声が嬉しそうだったのが、僕の気のせいじゃないといい。 目次 ×
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