せかい

私の通う中学校は、昼休憩には四人一班で机を寄せあって給食を食べる。その時間が私は大好きで、大嫌いだった。
席は男女混合で、二年生になってから一度も席替えをしていない。学級委員長が言い出さない限りそれは行われないだろうし、学級委員長は今の席だと同じ班に大の仲良しのふたりがいるから席替えなんて必要ないだろう。それが私は嬉しくて、憂鬱だった。

授業終了のチャイムが鳴る。キーンコーンカーンコーン、軽くて高い鐘の音。ごおぉん、なんて重い音とは全然違うそれに、私は中学生になってようやく慣れた。
食堂で友達と食べるんじゃないお昼ごはんも、不味くはないけど美味しくはない給食のメニューも、全ての違いをようやく受け入れられた。

私には前世の記憶がある。
忍術学園と呼ばれる学び舎で、忍者のたまごとして日々精進していた頃の記憶がある。
故郷のことも卒業してからのことも昔は覚えていたけれど、今も色褪せず残っているのは学園のことだけだ。楽しかった日々だから、ってだけじゃない。再会する度により鮮明に思い出し、忘れられなくなったのだ。

「雷蔵、三郎、今日は当番だろ?机は俺が動かしといてやるよ」
「ありがとう、ハチ」
「お礼に大盛りにしてやろう。酢の物をな」
「そこは主菜だろ?!」

鉢屋三郎。不破雷蔵。竹谷八左ヱ門。
私と同じ班の三人で、私の前世での友人だった。
楽しそうに話す三人を眺めて、私は口が開きそうになるのをぐっと我慢する。私は彼らの友達じゃない。今の彼らとは友達じゃない。仲良し三人組の班の、おまけのひとりが私なのだ。

「机、くっつけよっか。七音さん」
「うん、竹谷くん」

彼らは私のことを覚えていない。
前世の記憶なんて持ち合わせていなかった。当然だ。一般的に考えたら、私が異常なのだ。前世の記憶が云々なんて今の世の中、中二病か何かでしかない。
それでもよかった。二年生になって彼らと同じ班になれたし、仲良くなれる自信もあったから。
その自信は脆くも崩れ去ることになったけど。
二年生になって数日で、男女関係なく友達になるなんて難しいことを知った。あれはちょっとした事情と限られた箱庭の中にあったから可能だったのだろう。
今の私は、彼らを名前で呼ぶことも出来やしない。名前で呼ばれることだって、絶対にない。

机を寄せあうと、隣が八左、向かいが三郎、斜向かいが雷蔵になる。八左はピッタリとくっつけてくれたけれど、私は向かいと横の机から数センチだけ離した。ピッタリくっつけていると、三郎が嫌そうな顔をするから。排他的なのは昔から変わらない。そう思うと傷ついたり落胆したりするどころか、むしろ少し嬉しいと感じるのだから私は相当馬鹿なんだろう。

食事が始まっても私は喋ることはしなかった。
たまに雷蔵や八左が気を使って話しかけてくれるけれど、基本的には首の動きだけで答えている。イエスかノーで答えられないときも、それはもう極端に短く単語を漏らすだけ。

(だからこういうときに、困る)

ちらちらと雷蔵の視線が私に刺さる。三郎も気付いていて、機嫌が悪くなるのを隠そうともしない。雷蔵には気付かせないところが器用だ。八左が助け船を出さないか期待したけれど、彼は彼で三郎の様子に苦笑するだけだった。
こうしていても気まずくなるだけだ。仕方ないなと私は顔を上げる。私と目が合った雷蔵は、ぴくりと肩を跳ねさせた。

「どうしたの、不破くん?」

途端に三郎から殺気に似たものが飛んできたけれど、昔プロ忍から浴びたものに比べれば蚊に刺されたようなものだ。今は雷蔵をどうにかする方がいいだろうし、気付かない振りをする。

「あ、いや……えっと、七音さんって、お箸の使い方上手だよね」
「え」

雷蔵の言葉にどきりとする。動揺を悟られていないか周囲の気を探り、問題ないことを確認する。安心、と同時に少しの落胆。
「そう?」なんて何でもない顔をして首を傾げれば、「あ、本当だ」八左から同意が入った。なるほど確かに、雷蔵は上手くないとは言えないけど、八左は持ち方からなっていなかった。

「三郎も上手いけど、七音さんは食べ方も綺麗だよね」
「確かに。魚の骨取るのとか上手そうだよな」
「誰かに習ったの?」

向けられた雷蔵のまるい目は昔と変わらない、けれど昔より瞳に光があるように見えて、私は小さく頷きながら目を逸らした。

私にだけ記憶がないのと同じように、つらい現実を押しつけてくるものがもう一つある。
彼らの目は綺麗だった。血が流れる戦場も、火薬で荒れた土地も、死が蔓延する廃村も、苦しみ恨み言を呟きながら逝く人も、あの頃の何もかもを映したことのない目をしていた。
そんな目でいられる彼らが、羨ましかった。
だって私には沢山人を殺した記憶がある。奪う必要のない命に手を掛けたこともあった。両の手はすっかり赤黒く染まって、洗っても落ちなくなってしまった。
あれは時代が時代だからと割り切れればこうは考えなかったのだろうか。

「雷蔵だって迷い箸さえしなければ上手いものさ。ほら、早く食べ終えないと、今日は図書当番もあるんだろう?」
「あっ、そうだった!」
「じゃあ給食の片付けは俺が代わってやるよ」
「ありがとう、ハチ」
「では礼に私の酢の物を分けてやろう」
「酢の物はもういいって!」

私との会話を遮断したかったのだろう三郎に少しだけ感謝する。これ以上思い知らされるのは勘弁だ。
ねえ雷蔵、学園では行儀作法も習ったの。箸の使い方は一年生のときだよ。八左、魚の骨を取るのは八左の方が上手だった。命を頂いたんだから、残さず食べることは当然なんだって。
けれど皆は、やっぱり覚えていない。
分かっているのに、何度も思い知ったのに、私は何度だって期待してしまう。
私も前世の記憶を無くせば、もしくは彼らが前世の記憶を取り戻せば、この辛さは感じないのだろうか。けれど、神様が現れてそう持ち掛けたとしても、きっと私は首を振る。
全てを忘れて、彼らのことも忘れてしまうのが怖かった。二度と仲良くなれなくても、彼らとの関係を失いたくはなかった。
彼らが全てを思い出して、あの目が光を無くしてしまうのが怖かった。彼らにあの時代を思い出して、恐怖して欲しくなかった。 
彼らが傷つくなら、私が我慢する方を選ぶに決まってる。
昔みたいに彼らと楽しく食事をすることは無理だけど、楽しそうにする彼らを眺められるだけで充分私は幸せだ。
幸せ、なんだ。


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