かさねて

思っていた以上に、交流会の話はスムーズに進んでいた。向こうの中学校が快諾したのも大きい。高等部の屋上なら天体望遠鏡を貸し出せるからと場所まで提供してきたのは、学校見学を兼ねさせようとしているのかもしれない。勿論その申し出はありがたいし、俺個人としても興味はある。他の三年生の興味も引けるかもしれないなと考えつつ、俺は香純とともに見慣れない廊下で迎えを待っていた。
今日は生徒会顧問の教師に連れられ、こちらの生徒会へ挨拶に来た。もっとも他のメンバーは来ていないため、正式な顔合わせはまた後日になる。それでも簡単な挨拶くらいしにいかないかと言われれば、俺と香純には頷くしかなかった。相手校の生徒会がどういうものか興味もあったから。
しかしまぁ、思っていたよりは普通の学校だ。私立校とはいえ金持ちだけが通う名門校というわけでもないからこんなものなんだろう。あるいは漫画の読みすぎだった。香純にこれを言えば、笑うだろうか。引かれることはないと思いたい。

「おまたせしました!」

そんなことを考えていたら、声がした。聞き覚えのある声だ。そう認識する前に声がした方を振り返る。見覚えのあるその姿は、何故だか酷く汚れていた。

「伊作?なんだってお前が此処に。というかどうしてそんな状態に?」

驚けばいいのか心配すればいいのか分からない。香純が差し出すハンカチを断りながら力なく笑う伊作は、どうやらまた何かしらの不運に巻き込まれたのだろう。少なくとも後者の疑問については。

「僕は生徒会長と友達でね、ときどき手伝いをしてるんだ。まぁ、今日みたいに不運なことが起こるからあまり呼ばれないんだけど」

今日起こった不運なことが何なのかは分からないが、どうやら怪我はないらしい。転んだかゴミ箱でもひっくり返したのか、とにかく俺は鞄から取り出したタオルを押し付けて少しでもそれを拭わせる。使っていないし、まだ綺麗な筈だ。

「で、君たちが交流会の顔合わせに来たって聞いて。顔見知りの方がいいだろうからって僕が案内に呼ばれたんだ」

しかし話を聞いていると、いいように利用されているんじゃないかと思ってしまう。伊作はいい奴なんだが、その友達もいい奴だとは限らない。とはいえまだ見ぬ相手の印象を悪いものにもしたくない。これから何度も顔を合わせる相手なら尚更だ。
とりあえずそのことについては考えないようにして、俺たちは伊作の先導のもと生徒会室へと向かう。途中伊作が窓から侵入した蜂に刺されそうになったり、何故か落ちてたバナナの皮に足を滑らせ転びそうになったりしたが、何とか無事に目的地へと到着した。
無事というのも、香純の活躍あってのことだが。蜂に怯えることなく瞬時に窓の外へ追い返す香純、そういうところもいい。滑った瞬間背中を支える香純、あまり意外でもない。

「どんなひとたちでしょうね」
「話が合いそうならいいな」

伊作がおざなりに三回ノックをして、返事を待たずに戸を開ける。連れてきたよ、との伊作の声に返ってくる言葉までは聞き取れない。それでも伊作が笑顔で中に入るよう勧めるから、俺と香純は一度視線を交わして頷きあって、歩を進めた。
その生徒会室には、ふたりの男子生徒の姿があった。

「……ようこそ。私が中等部生徒会長、立花仙蔵だ」
「あ、ああ……生徒会長の食満留三郎だ。えー、この度は、交流会の……あの、先に手伝った方がいいか?」
「あ、お気になさらず!もうちょっとなんで!」

ひとりは今名乗った生徒会長。もうひとりは、何故か床に散らばる書類を広い集めていた。
生徒会長は額に手を当てて溜め息を吐く。申し訳ない、との言葉に滲む疲労を感じ取り、一体何があったのかと考える。開き戸のついた棚の中が乱雑に並べられて隙間も空いているから、落ちている書類はあそこにあったものだろう。仕舞うときに落としたか、それとも何らかの拍子で飛び出したか。地震はなかった筈だし、まさか伊作の不運が……いや、考えるのはやめておこう。気にする必要はないことだし、触れてほしくなさそうだ。
気にするなともうひとりは言っていたが、香純は何枚か拾っていた。とはいえそれは足元に落ちていた分だけで、「此方に置いておきますね」勧められた長机の端に伏せておいておく。重要な書類なら勝手に見るのも悪いから、本当に踏みつけかねない分だけ拾ったんだろう。

「散らかっていてすまない。伊作の不運があればもう少し時間稼ぎができると思ったんだが」
「彼らと一緒のときの僕は不運じゃないって言ったじゃないか」
「元はと言えばお前の不運で急いで片付ける羽目になったんだが」

十分不運だったとは俺の口からは言えそうにない。いや、誰も怪我をしていないのだから不運とも限らないだろう。伊作が深刻な顔をすることなく笑っているのなら、向こうの生徒会長の言葉も聞き流すことにした。

「とにかく、楽にしてくれ。此処には我々しかいないし、同じ歳なら敬語もいらないだろう?」
「それはありがたい。よろしく、立花……でいいか?」
「勿論」

握手を交わそうとする俺たちに、待ったをかけたのは書類を拾っていた副会長だった。勢いがよくて何枚か書類が宙を舞う。

「名前で呼びあった方がいいですって!これから沢山合同会議とかするんでしょう?名字より名前の方が遠慮もとれやすいですよ、仙蔵先輩はただでさえお堅いし!」
「……うちの副会長はこんな調子でな。気を害するようなら黙らせるが」

立花は言ったが、多分簡単に黙るような奴ではないだろう。そのため労力を掛けさせるよりも乗ってしまった方が互いによさそうで、俺は首を振った。

「彼の言うことも一理ある。嫌でなければ、仙蔵と呼ばせてもらっていいか」
「すまないな。勿論嫌な筈がない。此方も留三郎と呼ばせてもらおう」

親しくできるようなら、その方がいい。今度こそ握手を交わす。こんな後輩に慕われているのなら、きっと悪い奴ではなさそうだ。
にこにこと人好きのする笑顔を浮かべる副会長が、仙蔵の隣に並ぶように立つ。

「これは尾浜勘右衛門。二年生で副会長を務めている」

紹介され、よろしくお願いします、とハキハキとした声で続ける尾浜は、先程の様子と合わせてもひとに好かれやすそうだ。仙蔵は呆れる素振りを見せていたが、なかなか自慢の後輩なんじゃないだろうか。

「こっちは副会長の七音香純だ。尾浜と同じ二年生だな」
「よろしく、お願いします」

勿論うちの副会長も自慢の後輩だ。香純を紹介すれば、尾浜は変わらない笑顔でよろしくねと応える。香純は物怖じする性格ではないから尾浜みたいな奴ともすぐに仲良くなれるだろう。そう考えながら横目で見た香純は、珍しく緊張しているのか、少しばかり硬い表情をしていた。


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