まぶしい

体育祭は主に午前中にリレーなどの個人種目や学年別種目、午後に騎馬戦などの団体種目が行われる。ポイントに関係しない教師リレーや委員会・部活動対抗リレーは午後の最初に行われるので、俺たちのように参加する奴は昼ごはんを早めに食べて腹ごなしをしておかないといけない。ポイントに関係ないとはいえ対抗リレーは各委員会・部活動の面子が掛かっているから特に運動部は真剣に取り組んでいる。そうでなくても生徒会に勝てば予算増額なんて噂があるから、真剣にならないわけにはいかなかった。

「香純!ファイトー!」

スタートを告げる空砲の音とクラスの女子たちの声援に顔を上げれば、今走り出した六人の中に七音さんの姿が見えた。七音さんは陸上部の女子と拮抗していて、僅差でゴールテープを切る。対抗リレーは彼女も生徒会として出るらしく、去年の彼女の走りは覚えてないけどきっと今年も手強いんだろう。
先に走り終えていたクラスの女子とハイタッチをして笑っている七音さんを眺めながら「すごいな」と呟けば「そうだね」と雷蔵から同意が返ってきた。この女子百メートル走が終われば三郎の出場する二百メートル走で、あいつは既に列に並んでいるから話題にするのに遠慮はいらない。
雷蔵が話を切り出したのも、そう思ったからだろう。

「……あのさ、ハチは、七音さんのことどう思う?」
「どうって……」
「……避けられてるとか、思ったことある?」

そう訊いてきた雷蔵の表情は少し硬くて、何かあったんだな、と俺でも気付くものだった。間違ってもふざけあうような話ではなさそうで、俺なりに真剣に考える。
避けられてる、とは思ったこともない。けど会話が続かないのは、もしかしたらそういうことかもしれない。原因は三郎かそれとも他にあるのか。そんなことを考えながらも雷蔵に心当たりについて答える。

「七音さん、あんまり喋らないよな、俺たちとは」
「そうだね。班行動のときも、それ以外も」
「三郎がなんでだか嫌ってるみたいだし」
「だから僕たちのことも関わりたくない、って思ってるのかも」

この話題において、雷蔵はややネガティブらしい。雷蔵の心当たりこそ重要なんじゃないかと思った俺は、言いにくそうにする雷蔵の口をなんとか開かせ話を聞いた。この間図書室で、と始まったそれは考えすぎだと笑い飛ばせそうになくて、とはいえ偶然じゃないとは言い切れない。俺は言葉に困りながらも、ますます曇ってしまった雷蔵の顔を少しでも晴らすためになんとか言葉を探した。

「雷蔵は、七音さんとどうなりたいんだ?」
「どうって?」
「同じ班のクラスメイトでいいなら、今まで通りでもいいわけだろ。避けられてたとしてもそれに合わせて必要最低限だけ話せばいいんだし。でも悩むってことは、それじゃ駄目だって思ったんじゃないのか?」
「……そう、かもしれない」

七音さんの考えは俺たちが頭を悩ませたところで分からないんだから今は置いておこう。でも雷蔵の考えをはっきりさせておけば、それを目標にすることもできる。
雷蔵は優しいから七音さんが嫌がっていたら迷惑になるんじゃないかと考えるだろうけど、七音さんがそう言葉か態度に出すまでは好きにさせてもらえばいい。関わらないで、なんて彼女の口からは一言も出てきてないんだから。
そうは言っても雷蔵はまた悩むんだろうなと俺は思っていたのに、雷蔵はまだグラウンドにいる七音さんに目を向けて、ぽつりと呟いた。

「ああやって笑ってハイタッチができるような、友達になりたいな」

羨むような言葉は、雷蔵の本心なんだろう。けっして難しくない筈のその関係には三郎という問題もある。それでも目標が定まったなら歩く方向も決まってくる。雷蔵は悩みながら、時間が掛かっても、ずっと立ち止まったままだということはないからきっと大丈夫だ。

「七音さん、おつかれ!」

俺も、彼女と仲良くなりたいと思っているのは嘘じゃない。百メートル走が終わり戻ってくる女子たちから七音さんを見つけると声を掛ける。それに返された笑顔は、やっぱり嘘には見えなかった。


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