もえる

「長次!バレーでもしないか!」

昼休み、小学生来の親友にそう声を掛ければ、しかし長次は首を振る。「……委員会の当番だ」その理由は諦めざるを得ないもので、そっか、と答えるしかなかった。
長次が無理となるとクラスの皆も付き合ってくれないだろう。予鈴も本鈴も気にせず延々と遊ぼうとしてしまうのを止められるのは、長次しかいないらしいから。だけど、そうしたらせっかくの昼休みが暇になってしまう。私も図書室についていこうかなぁと思ったが、騒いでしまって出入禁止になったばかり。これはひとりで走ってくるしかなさそうだった。つまらん。

「長次が当番の曜日は、バレー部で昼練もいいかもしれない」
「……生徒会の許可が、必要じゃないか……?」
「そうか?掛け合ってみようかな」

生徒会には予算のことであまりいい思いはないが、融通の利かないやつらでもない。そうと決まれば今度部活のない日に行ってみよう。図書室に向かう長次を見送って、とりあえず私は適当に走ることにした。途中で後輩を見つけたら誘ってみようか。



靴を履き替え適当に走り出した私は、体育館の辺りに来たところで、ざく、ざく、と何かを掘る音に足を止めた。何処から音がするのかと探しながら体育館裏へ回ってみれば、そこにふたりの男女が居た。ジャージ姿の男が穴を掘って、制服のままの女はそれを傍で見ている。男の立ち位置からしてどうやら結構な深さのそれは、たった一日で掘ったのだろうか。線の細そうに見えるが結構鍛えているのだろうか。何となく興味を持ち、気付けばそちらに近付いていた。

「そうだ、この間はありがとう。生徒会に頼まれた仕事なのに、手伝ってくれたんだってね」
「三木に頼まれましたから。それに、穴が掘れるならどこでも一緒です」
「うん、でも、助かったからお礼は受け取ってね」
「……ジュースでいいです」
「ふふ、分かった分かった」

ふたりの会話は淡々としたものだったが沈黙が長く続くこともない。女の方はところどころで楽しそうに笑う。そういえば何処かで見た顔だな、と思うが少し考えても思い出せないので気にしないことにした。
それよりも穴掘りの方が気になる。私がそれに近付いていけば、先に女がこっちを向いた。それで気付いたのか男もこちらを見る。それはちらりと見ただけで、すぐに穴掘りに戻ったが。

「なあ、此処で何をしてるんだ?」
「見ての通りですが」
「見ての通りなら穴掘りだな。それは楽しいのか?」
「そうでなければやりません」

男の方に訊いてみれば、迷惑そうにしながらも答えた。なるほど楽しいのか。興味が湧いてきて、うずうずと落ち着かない。やってみたいがシャベルは何処にあるだろう。この際スコップでもいい。探しに行こうか、そう走り出そうとする直前、「先輩」女の方が私に声を掛けてきた。にこにこした顔はやっぱり見覚えがある。うーん、何処で見たんだっけ。

「七松先輩、で宜しいですよね。バレー部キャプテンの」
「ああ」
「よかったら、穴掘り、やってみませんか?」

そう言って差し出してきたのはシャベルだった。こいつも穴を掘るのだろうか、いやその割りにじっとしていたけど。まぁ細かいことは気にしない主義なので、私はそれを受け取った。

シャベルを地面に突き立てる。力任せに柄を倒せば色の濃い土が姿を見せて、それを脇に捨ててもう一回。そんな作業を繰り返せば繰り返すほど空間が広がって、段々とコツを掴めば一気に加速した気がした。

「……おお、なんだか楽しくなってきたぞ!」
「それはよかった」

相変わらず楽しそうに笑っている女は、七音と名乗った。それから穴を掘り続けている方は綾部だと紹介する。綾部は相変わらず穴を掘り続けていたが、「そろそろ予鈴かな」七音が言えば穴から顔を出した。もうそんな時間かと私も穴から出て、綾部の掘った穴を見る。おお、かなり深いなぁ。

「さすが、綺麗な穴。勿体ないなぁ」

そんやことを言いながらも綾部からシャベルを受け取って、その穴を埋め出したのは七音だった。埋めてしまうのか、と私が言えば、危ないからだと七音が残念そうに答えた。

「でも、私だけじゃなく七松先輩も見てくれましたから。この穴の出来映えの証人が増えました」

あまり意味は分からなかった。でも七音が嬉しそうなのは分かって、おそらく私はいいことをしたらしい。
掘った当人の綾部は埋め始めた七音と穴をじっと見てるだけだったが、多分私が掘った穴も埋めるべきなのだろうと、私は掘り返したばかりの土をシャベルに乗せた。もう少し掘ってみたいところだったが、授業までに戻らなければ長次に心配させてしまう。

「おやまあ、先輩も埋めるんですか」
「埋めるのも楽しそうだからな!」
「……わあ、さすがに私も二人分埋めるのは、重労働ですからね。助かります」

一瞬間が空いたような気がしたが、そう言われて悪い気がする筈もない。小さかった私の分を早々に埋め、ついでに綾部のを手伝ってやれば、七音はまた笑って礼を言った。

「今日は楽しかった!またな!」

シャベルは綾部が返しておくとのことで、予鈴が鳴った頃に別れを告げて教室へ戻る。途中の廊下で長次に会い、制服が汚れていることを指摘された。そういえば綾部はジャージに着替えていたと思い出す。七音は制服だったけど、埋めるときはあまり汚れないものなのだろう。私もジャージに着替えるべきだろうか、とかそんな細かいことは置いといて、上着を脱がされ窓の外で叩かれている間にふたりのことを長次に話すことにした。

「長次、今日は穴掘りをしたんだ!」
「……穴?」
「一年の綾部というやつと、二年の七音というやつとだ。私はこれくらいの穴を掘ったんだが、綾部はこれくらいでな、すごいやつだった!」
「……そうか、よかったな」

長次はあまり表情を変えないが、目が細まったそれが笑顔だと私は知っている。長次が笑っていることは珍しくて嬉しく思う。今度長次にもふたりのことを紹介しよう、きっと長次も気に入る筈だ。そして一緒に穴を掘ればもっと楽しいだろう。「な、長次!」同意を求めてみれば長次は意味が分かってないながらも頷いてくれたから、絶対に、そうしよう。


目次
×
- ナノ -