なせない

「留三郎先輩は、仲がよかったけど疎遠になってしまったひとっていますか?」

香純の問いは唐突だった。
今日はちょっとした雑用をこなしていた。文次郎は田村を連れて部活動調査に行っているし、他のふたりは顧問から別の仕事を宛てられたのでふたりきりだ。だが他の奴がいないときでも仕事中に無駄話をしたがらない香純は、休憩にと茶を淹れながらその話を切り出した。今日は紅茶にするらしい、茶葉が何かは詳しくないので知らないが、いい匂いが漂ってくる。それを楽しみにしながら、俺は香純の問いについて考えた。

「そうだな、転校していった奴や別の中学に行った奴はいるが」
「また会いたいな、って思います?」
「会えたらいいな、程度になら。そこまで仲がいいってことでもなかったんだろうな……」
「そうですか」

聞いてきた割には気のない返事だ。多分、聞いたけど答えは求めてなかったんだろう。ただ自分の中でなかなか答えが見つからないということか。香純が自己完結しようとするのは珍しくない。しかし、しっかりしている香純もそういったことはたまに不器用だった。

「どうしたんだ、いきなり。俺でいいのなら相談に乗るぞ?」

茶を運んできた香純の手を掴む。その手は振りほどかれることもなく、香純はふわりと笑った。「そういうところ大好きです」そんなことを何でもなさそうに言うところが俺も好きだと思う。
が、勿論それで騙されるつもりはなく、隣に座らせ続きを促した。香純は苦笑して、それでもどうにか話し出す。

「……ふと思い出して。大好きだったけど疎遠になってしまった友達に会いたくなってきたんですよね。こんなときどうすればいいのかな、と」
「どうって……会えないのか?」
「会えるかもしれないですけど、忘れられてるかもしれないんです。ずっと昔のことだったので」
「あー、それは辛いな……」
「だからちょっと勇気が出ないんですよね」

はあ、と香純は溜め息を吐く。そうやって会いたいと思う相手に忘れられるというのはどういう感じがするだろうか。誰だっけ、と首を傾げられたり、曖昧に笑って誤魔化されるのを想像してみる。それだけで残念な気がするし、実際その場面を迎えればそれ以上のショックを受けることだろう。
さて、じゃあどうすればいいか。俺はあまり頭はよくないから考えるにも限界があるが、それでもフル回転させながら自分の答えを探した。

「まぁ、疎遠になってたのは事実だから仕方ないよな」
「はい」
「だからそれは仕方ないと受け止めて、また仲良くなるしかないな」
「え」

きょとんと目を見開く香純に、俺は掴みっぱなしだった手を握り直す。いつもはこんなに隙を見せない香純がされるがままなのも珍しい。それだけ答えに悩んでいたということか。こんな答えでいいのかとも思いながら、それでも俺の考えを続けることにした。

「大好きだったんだろ?忘れられたからって諦められる相手じゃないなら、一から始めるしかないと、俺は思う」
「一から、ですか」
「忘れられるのは寂しいだろうが、また仲良くなれれば友達だ。まぁ、途中で思い出してくれるかもしれないし、そもそも忘れられてないかもしれないしな」

杞憂に終わればそれが一番だ。最悪を想定するのは悪いことじゃないが、そうやって期待しておくのもたまにはいいだろう。期待が裏切られたときを気にしてばかりいては動けなくなってしまう。
もし忘れられていたなら慰める役はいつでも買って出るし、香純なら心配しなくともまたすぐ仲良くなれることだろう。俺の自慢の彼女は、少し妬けるくらい交遊関係が広い。それも男女問わず。長次とか伊作とかな、いつの間に仲良くなったんだろうか。まぁその話は置いておくとしよう。

「そう、ですね」
「……香純?」
「ええ、そうでしたよね。ふふ、私、ちょっと弱気になってました」

香純は何度か頷き、いつものように笑顔を見せる。だがその顔が一瞬曇った気がしたのは、気のせいだろうか。何か不味いことを言ってしまったかと問おうとする俺に、香純は「ありがとうございます、留三郎先輩」その話を終わらせるように礼の言葉を口にした。

「留三郎先輩のおかげで頑張れそうです」
「い、いや、大した話はしていないし香純の力になれたならいいんだけどな?でもさっき……」
「弱音を吐いたのは恥ずかしいので忘れてください」
「……弱音くらい可愛いもんだしもっと頼ってくれ」
「弱音は吐かなくとも甘えっぱなしですよ?」
「じゃあもっと甘えてくれていいぞ。大歓迎だ」
「ふふ、留三郎先輩ったら。じゃあもし駄目だったときは、先輩に甘えて慰めてもらいますね」

話を逸らされたのは分かった。だがきっと触れられたくないことなんだろう、俺は追及するのを諦めることにして、香純の頭を撫でた。
可愛い彼女だ。しっかりしていてなかなかリードさせてくれない、少々無理をしたり弱った姿を見せないところが気にかかる、大事な彼女なのだ。本当に弱音を吐いてくれるのなら心配はいらないんだけどなぁ、と考えるがきっと香純が弱音を吐き出すことは早々ないのだろう。

「無理はするなよ」
「ええ、勿論です」

だから俺は、少なくとも香純が悲しんだり泣いたりするような目に合わなければいいがと願うしかないのだ。


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