みたす

片付けたい仕事があるからと生徒会顧問の教師に告げて生徒会室に入った香純先輩は、その仕事をあっさりと終わらせた。暇なら付き合ってくれないかと言われた僕は、何となく出した会計の資料をどうしたものかと数秒悩み、すぐに閉じる。お茶でも淹れましょうかと仰ったその言葉に、むしろそれが目的だろうと感じていた僕は頷くと、然程散らかってもいない机の上を片付け始めた。
そしてとても機嫌がよさそうな香純先輩は、準備が整う前に話し出す。つい先日出逢った、『彼女』たちの話を。

「そうですか、伊賀崎が……」
「ええ。まさか、ジュンコちゃんが憶えてるなんてね」
「浦風は喜んでいたでしょう」
「そりゃあね。数馬以来の、彼らのひとりだもの」

偶然だったという彼らとの再会の話に、浦風の喜びがどれほどのものだったかと想像するのは難くない。机を台拭きでなぞりながら僕は内心それを祝う。たとえ憶えていなくとも、それが辛く感じようとも、彼らとの再会は嬉しいものだ。あいつらと、あのひとと出逢ったときの感情は、未だに忘れる筈もない。
香純先輩は優しい笑顔を絶やすことなく、お茶の準備を進めていく。今日はダージリンにするようだ。その茶葉は嬉しいことがあったときに選ぶものだと、僕は知っている。今日は正式な活動日ではないから、温めるカップは先輩と僕の分だけだった。

「香純先輩は、嬉しいですか」
「勿論」
「浦風が伊賀崎と仲良くなれば?」
「そりゃあもう、とっても」

答えの分かりきっている質問に、やはり想定通りの返答。そのあと小さく付け足された「少し心配事もあるんだけど」という言葉だけは引っ掛かったが、どういうことかと問う前に「ところで」香純先輩が切り出した。

「三木、休日で暇な日はある?少し付き合ってもらいたいんだけど」
「再来週なら土日とも空いています。何ですか?」
「少し、遠いんだけどね」

カップが机に置かれ、反射的に礼を述べた。僅かに揺れる水面に目を落としつつ僕は考える。断る理由は当然ないが、珍しい。遊びに誘ってくださったことは多くあるがあまり遠出をしたことはなかったのに。そんな僕の疑問を読み取ったのか、香純先輩は困ったように笑いながら実はねと続きを語る。

「勝手なことばかりしてたら藤内に怒られたの」
「は……」
「だから、三木さえ良ければ一緒に行ってほしいんだけど」

浦風の名前に思い出すのはいつかの連絡。先輩がひとりで抱え込まないように見ていてくれと言ったあいつは、約束をしたとも言っていた。その約束を、先輩は守ろうとしているのだろうか。

「……誰かを、探しに行くんですか」
「確証はこれっぽっちもないんだけどね」

僕の問いはそうなのだろうという確信と少しの期待を含んでいて、香純先輩は困ったような笑顔をそのままに苦笑を零した。けれど、否定をしないのならば、僕の言うべき答えはひとつだ。

「是非僕も連れていってください」

浦風もきっとそう言うだろう。あいつにも声を掛けてやるよう進言するべきだろうか、きっとあいつは頼ってほしがっているから。僕はそんなことを思いながら、一方で誰を探しに行くのだろうと考える。未だ見つからないあのふたり、だろうか。彼らが見つかれば、香純先輩はもっと喜べるのだろうか。
安心するように息を吐き紅茶に口をつける香純先輩の表情が、その日も曇ることなく先輩自身の為に花咲けばいいのにと、僕は願う。


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