よりそう

学校終わりに買い物をして、普段とは違う道から帰宅している道中、彼女に会った。
相変わらず綺麗で、聡明さを映す目があの頃を憶えていると物語っていた。一瞬の出来事だったけれど、賢い彼女のことだから私が憶えていることに気が付いただろう。そうして他にも憶えている者がいると察してくれていたら、きっと彼と引き合わそうと思ってくれる、筈。
早く藤内に教えてあげないと。足早に帰宅した私は荷物を放り出し、電話で藤内に会えないかと呼び出したのだ。

「ほんとう、ですか?」
「ええ。きっと……いえ、確かに、彼女だったわ」

藤内を連れてやってきた公園は彼女に会った場所のすぐ近くだ。そこそこの広さがあり、遊具の周りには子どもやその親が集まっている。けれどその外れにはあまり人もいないため、こういった会話も聞かれることはなさそうだった。かといって周囲の様子を窺うことも当然怠らずに、私たちは話をする。

「あんなところで会うなんて思わなかったけれど、でも彼女らしいわよね」
「せ、先輩、じゃあ、あいつはこの周辺に住んでるんですよね?!」
「断言は出来ないけど、その可能性は高いと思うの」

だって彼女はいつもあの子の傍にいた。たまにひとりで出歩いてはいたけれど、それでも彼が見つけられない場所に行くことは殆どなかった。
だからきっと彼の家はこの辺りなのだろう。あの子と彼女が出逢わないなんて、そんなことはないと私も藤内も信じている。あの子達はそうあってほしいと、願っている。
がさり、とすぐ傍の低木が音を立てた。無風の中でのその音に、藤内がはっとして注目する。もしかしてと期待の籠ったその視線の中、姿を見せるのは、先程と同じ、美しい彼女。

「ジュンコ……!」

藤内が名前を呼ぶ。姿を見せた蛇はそれを肯定するように、ちろりと舌を見せた。ああ、やっぱり、彼女だ。
手を伸ばす藤内に警戒することなく擦り寄ってみせる彼女は、やはりあの頃の記憶を持ち合わせていた。藤内もまた警戒なく、彼女の望むままに腕を伝わせる。

「待っていてくれたのね、ジュンコちゃん」

誰か他人に見られたら大騒ぎになってしまうだろうから、身の隠しやすいこの公園にいてくれたのだろう。すぐに再会できるのではと期待して、此処まで来てよかった。そうでなかったら私たちは手掛かりを失っていたかもしれないし、彼女も危険だったかもしれない。

「な、なあ、ジュンコ。……僕のことを、憶えているのか?」

彼女が頭を縦に振る。
「それじゃあ、」ごくりと唾を飲み込む音がした。

「孫兵は、憶えているのか? 」

どきどきと鼓動の音がうるさい。これは私のだけれど、藤内のものはこれ以上だろう。祈るような気持ちで彼女の返答を待つ。――けれど。

「……そう、か」

彼女は首を、横に振った。
あの子は憶えていない。伊賀崎孫兵は、前世のことを憶えていない。
震える藤内の肩にそっと手を置く。ジュンコちゃんは慰めるように彼の頬を舐めた。きっと深い落胆に覆われているのだろう彼に掛ける言葉が思いつかない。せめて泣きたいと願うならば、そうさせてあげたい。

「……香純先輩」
「うん」
「孫兵は、憶えていないんですね」
「……うん」
「それでも、孫兵は……」

藤内が続けた言葉に答えようと口を開く。
それを遮ったのは、いつか聞いた、懐かしい声。

「ジュンコ、ジュンコ!」

藤内の肩が跳ねる。ぽたりと落ちた水滴に、藤内はぐいと袖で目元を拭った。藤内が問うように私を見上げるから、私は大きく頷いた。

「大丈夫。絶対に、大丈夫」

彼女を呼ぶ声が近くなる。あの子の声が近くなる。私は藤内から一歩離れると、彼の背中を声のする方にそっと押し出した。

「ジュンコ、何処に……っ?!」

姿を見せた彼に、藤内はうまく笑えているだろうか。藤内は大きく息を吸ってから、戸惑いを見せる彼へ声を発した。

「ええと……君は、この子の飼い主?」
「あ、ああ」
「そっか……この子、可愛いね」

そう、藤内なら、大丈夫。
きっとまた仲良くなれるから。


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