きえない

放課後、中庭の花壇を掘り返す。事務員に頼まれた花壇の手入れのためだ。今まで放置されていたそこから雑草を捨て、土を柔らかくするのが、僕の仕事。
途中、体育館裏で穴を掘ろうとしていた喜八郎を捕まえたから作業はすこぶる捗っていた。いつか香純先輩が言っていたように、穴を掘ることにかけては今世でも変わらず天才的だと思う。

「……あ、滝」
「ん?」

そんなときにやってきたのは滝夜叉丸だった。僕らに気付かない滝夜叉丸はへとへとに疲れているらしい。体操服を着ていることからも、間違いなくバレー部の休憩時間だろう。無駄に自尊心の高い奴だから、他の部員の前で疲れている姿を見せられなくて中庭まで来たんじゃないかと思う。
そういうことならと、僕は笑った。

「ははっ、どうした滝夜叉丸。へろへろじゃないか」
「んなっ、三木ヱ門……!」

僕らに気付いた滝夜叉丸が一瞬のうちに背筋を伸ばして格好つける。だが顔から疲労は消えていない。それを指摘してやるほど優しくない僕はますます面白く思うだけだった。
そして滝夜叉丸は腰に手を当て、いつものようにぐだくだと喋りだす。

「ふ、ふん、我らがバレー部は部活動の花形で強豪だからな!当然、他の部活動とは比べ物にならないほど練習もハードになる!しかし私は上級生も音を上げる練習を見事にこなし、更には」
「一年生がやっているのは走り込みと基礎トレだろ?」
「そういう下積みがあってこそ試合で輝くのだ!まあ、私は今試合に出ても眩しいばかりに輝くだろうが」
「喜八郎、ここ埋めるぞ」
「はーい」
「聞け!」

ぐだぐだと長ったらしい滝夜叉丸の台詞は殆ど聞いていない。喜八郎もまた穴掘りを続けていて、だからか滝夜叉丸が声を荒げる。滝はカルシウムを摂った方がいいと思うと喜八郎が呟き、それが本人の耳に届いていたら面倒くさいことになっただろうなと僕はひっそりと苦笑した。
こほん、と滝夜叉丸が咳払いをする。そうして優位に立ったように笑うものだからまた腹立たしい。僕はどうしようかと考えて、シャベルを握る手を止めずに顔を向けてやった。言いたいことがあるのなら付き合ってやろう、自慢話でないのなら。

「そういうお前も泥だらけではないか。普段アイドルなどと自称する奴が聞いて呆れる」
「生徒会としての仕事中だからな」
「……穴掘りが生徒会の仕事だと?」
「新しい花を植えるからと花壇の手入れを事務の方から生徒会に頼まれたんだ。先輩方は忙しいから、僕が引き受けるのは当然だろう」

喜八郎に手伝ってもらっているけどな、と喜八郎を振り返れば、視線に気付いた彼は無表情にピースサインを作った。すぐに穴掘りに戻る喜八郎は相変わらずマイペースな奴だ。
まだ何か突っ掛かってくるかと思ったが滝夜叉丸は黙ったまま。何を考えているのかは分からないが黙っているのも気持ちが悪い。ぐだぐだと喋られても鬱陶しいのだが。なんて面倒な奴なんだと思っているうちに、僕の口は勝手に動き出していた。

「まぁ、僕もお前と似たようなものだ」
「な、何?」
「僕にも下積みが必要なんだよ。一年生の僕に出来る仕事は少ない。だから、先輩方に少しでも追い付けるなら、どんな仕事でも喜んで引き受けるさ」

何故こんなことを言ったのかは分からないが、間違いなく僕の本心だ。
いつだって僕らの前を歩いていた人たちは、今世でもずっと先を行く。記憶の有無なんて関係なくあの人たちはいつだって先輩だった。そんな彼らに追いつくためならどんな仕事だってやろう。その過程で土に汚れるくらい、なんてことない。

「……」
「あれ、滝、どこ行くの?」
「練習に戻る!」
「ふぅん」

喜八郎の言葉に言い捨てるように答えた滝夜叉丸も、きっと同じだった筈だ。あいつには記憶はないけれど、昔みたいにあの人の背中を追っている。へとへとになっても、ぼろぼろになっても音を上げず追いかけている。
あの頃から変わらないのだ。僕も、滝夜叉丸も。そう思うと少しおかしくて、僕は小さく笑った。

「……よし、さっさと残りを終わらせよう」

滝夜叉丸の背中を見送ることもなく、僕は穴埋めを再開した。早く仕事が終われば手伝うと言っていた香純先輩が来る前に終わらせたい。喜八郎は不思議そうに首を傾げながらも、「……ま、いっか」ざくりと土にシャベルを突き刺した。


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