たくして

我が校の生徒会は生徒会会長、副会長、会計、書記、二年生代表、一年生代表の六人で形成されている。五月と十一月に選挙によって役員が選ばれるが、毎年立候補者が少ないのが現状だ。この五月に行われた選挙も全て信任投票。元々生徒会でない立候補者は一年生代表ひとり、二年生代表は書記が知人に声を掛けることで穴を開けずに済んだという情けないものだった。

「生徒会って殆ど雑用のようなものですから、仕方ない気もするんですけどね」
「七音、」
「勿論、全生徒の学業や課外活動の為に欠かせない役割ですが」

副会長、二年の七音は俺の言いたいことを分かったのだろう、すぐに付け加える。前の言葉は聞き流せないが、分かっているのなら今日のところはいいとしよう。
七音の入れた茶(今日は緑茶らしい)に口をつける。本当に旨く淹れるなと感心しかけ、内心首を振った。生徒会に御茶汲みは必要ないという意見は一年前から変わらないため、認めるような発言をしてはならない。しようがしまいが、七音は気にしないのだろうが。

七音香純は変な女だ。去年の五月に一年生代表として生徒会に入った七音は、初日から緊張もなくすぐに溶け込んでみせた。見た目に親しまれにくい俺や留三郎にも畏縮することもなく、俺たちの衝突にも前生徒会長とふたり笑っていた。掃除や書類整理といった雑用を率先して行い、割り振られた仕事だけでなく同じ一年生に助言をし、……それでいて一歩引いた態度を崩さない。働きに見返りを求めているわけでなく『したいからするだけ』だと言ってのける様は嘘でも演技でもなく、他の後輩と同年齢とは思えなかった。
かといって規範になると言えるほど真面目というわけでもない。規則によって禁止されてはいないが持って来るなど考えないだろう茶の道具一式を持ち込み、生徒会の皆に振る舞う。生徒会のない日も他の役員と茶をしていることがあるらしい。禁止規則には触れないよう、しかし節度があるとは言い難い七音は、どうにも『変』としか思わせない。それは一年経った今でも同じだった。

「大丈夫ですよ」

七音の声にはっとする。つい考え事に耽ってしまっていたようだ。目の前に置かれている予算案が何処まで進んだかを確認しつつ、七音の話に耳を傾ける。何の話だったか、考えてすぐに生徒会役員の立候補者についてだと思い出す。

「立候補者が少なくたって、我々にやる気のない者はいないでしょう?むしろ楽しんでる筈です。何だかんだ、生徒会にはそういう人間が集まるんですよ」
「……そうだな」

一理ある、のかもしれない。一年生代表はよく働くし、自らの意思で立候補したわけでない二年生代表も不平不満を言うことはない。七音の言う通りやる気のある生徒が集まっているのか、生徒会に入ってからそうなるのかは分からんが、きっと心配することはないのだろう。内申書に肩書きが欲しいだけでやる気のない者が生徒会役員になるよりは、立候補者などいない方がいい。もし立候補者がひとりもいなくとも、七音を始め二年生も一年生も人を見る目はある筈だからよい人材を補えるに違いない。
十一月になり、俺や留三郎が会期を終えても、生徒会に心配はいらない筈だ。前生徒会長が俺たちに任せてくれたように、心配なく任せられるようになるのだろう。

「だから潮江先輩は安心して、後任の育成に励んでください」

笑みながら言う七音には、来期の会計が誰になるか分かっているのか。少なくとも俺が推そうとしている者が誰か分かっているらしい。
七音の言葉には答えないまま予算案を切りのいいところまで進めると、「田村」一年生代表の名を呼ぶ。

「明日は暇か」
「は、はいっ」
「各部活動の予算が適切に使われているか調査を行う。お前も付き合え」
「はいっ!」

田村はよく手伝いを申し出て、覚えも早い。一年だが必要とあらば上級生にもはっきりと意見を述べる。予算会議に同席させても臆せず闘えるだろう。
こいつならばきっと問題なく引き継いでくれる筈だ。しっかりと小気味よい返事をした田村にそう思いながら、俺は再び予算案と向き合いはじめた。


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