ふれあう

ざく、ざく、ざく、ざく。
シャベルを地面に突き立てて、倒すように力を掛ければ色濃い土が顔を出す。湿っぽいにおい。雑草の根っこがぶちぶちと千切れた。土を外へと避けて、また突き立てる。延々それの繰り返し。
昔から穴を掘るのが好きだった。公園で遊んでたときも、大きな山を作る子どもの横で深く穴を掘っていたらしい。深く、って言っても、砂場ならたかが知れてるけど。
穴堀り小僧と呼ばれ始めたのは小学四年生の頃。学校の敷地内に掘っては怒られて、それでも掘っているうちに諦めと呆れが入り交じってそう呼ばれた。そのうち体育館の裏に掘ることだけは許されて、気が済むまで掘って、最後に埋めてを繰り返した。
小学校を卒業して、中学校に入っても変わらない。そういえば面倒だったから許可とか取っていないけど、また怒られるんだろうか。学級委員の滝と生徒会役員の三木がうるさくなりそうだ。埋めれば大丈夫かな。本当は埋めたくなんてないけれど、掘れなくなるくらいなら我慢する。

そんなことを考えてた、放課後のこと。

「こんにちは」

いつの間にか近くにいて、微笑んでる人がいた。

「……こんにちは」

見覚えのあるその人は、確か生徒会の人だ。朝礼のとき前に並んでるのを見た気がする。それに、三木と言葉を交わす姿も。普通の先輩後輩よりも仲が良さそうで、滝とはまた違った意味で気を許しているのだと見てとれた。

「貴方、三木の先輩の人ですね」
「貴方は三木ヱ門のお友達ね。七音香純です。よろしく」
「綾部喜八郎です」

『よろしく』と同時に手を差し出された。握手を求められているんだろう。けれど僕の手は土で汚れていて、拭おうにも制服も汚れている。
僕は握手なんて求めてないしこの人も汚れるのは嫌だろうし、無理だという意味を込めて掌を見せれば、けれど何故か両手で握られた。

「……手、汚れます」
「あっ、そういう意味だったの?ごめんね、触られるの、嫌だった?」
「……握手くらいは構いませんが」

なら良かったと吐息を零すその先輩は、軽く手を揺らしてから手を離した。やっぱり汚れたその手を見て、先輩は嫌な顔もせずに笑う。変な人だ。
先輩の視線は、次に穴へと移る。深さは僕の腰くらいまであって、ぎりぎり三人が立てるくらいのスペース。まだ途中だけれど、なかなかの出来だと僕は思っている。

「大きな穴。穴掘りが好きなの?」
「ええ」
「落とし穴にするの?」
「いいえ」

生徒会の人だから止めるように言いに来たのかと思ったのに、どうやら違うらしい。興味からだろう質問に答えてみれば、何故か意外そうな顔をされた。

「掘ったら、埋めます」
「……埋めちゃうの?」
「だって、落ちたら大変でしょう」

小学生のとき、掘った穴を落とし穴にしてみれば、同級生が引っ掛かった。そんな深い穴じゃなかったから大丈夫だろうと思っていたけれど、その子は膝を擦りむき足首を捻って、痛い痛いと泣いてしまった。
僕はすごく怒られたし、人に怪我をさせるつもりもなかったから、もう穴を掘っても落とし穴は作らないでおこうと決めた。穴を掘らない選択肢はない。
そういった出来事をかいつまんで話すと、先輩は何故か寂しそうな顔をした。どちらかというと笑い話になるかと思ったんだけど。

「ね、今度私も一緒させてもらえる?」
「掘るのですか?」
「綾部くんが掘って、私が埋めるの」
「……どうして?」
「せっかく綺麗な穴なのに、見る人がいないなんて寂しいなーと思いました。まる」

綺麗だなんて、はじめて言われた。
掘るなと言われたことは何度もあって、肯定的な評価は片手で足りる程度。それも何かを埋めるのに丁度いいとかそういう理由だった。他人の評価を気にしたことはなかったけれど、穴の出来を褒められたことははじめてで、それがどうしてか嬉しいなんて思ってしまった。

「先輩が、見るんですか」
「そう。見せてもらったお礼に、埋めるのは私がする。さすがに毎回とは言えないけどね。いいかな?」
「……別に、構いません」

本当は他人がいると気が散るけれど、そういえばこの人はいつ来たのか分からなかった。きっと邪魔もしてこないだろうから、見るくらいはいい。それに、どの穴もひとつひとつ僕なりに思いを込めて掘っていたから埋めるのはやっぱり嫌だった。それを自分でしなくていいのは、少しだけ嬉しいかもしれない。
だから先輩の言葉に、拒否を返すことはしなかった。嬉しそうに笑う先輩は、やっぱり変な人。

「よろしくね、綾部くん」
「……よろしくお願いします、七音先輩」


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