08

伊作に薬草を渡した後、小平太はどんよりとした空気を漂わせながら今日の出来事を長次に話した。仙蔵と伊作に相談したこと、乱太郎を連れて山へ行き、そして帰ってきたときに見たものも。

「ちづるが小松田さんと話してたんだ。すごく楽しそうに」

それが落ち込んでいる原因か、と長次は息を吐いた。まったくタイミングがいいのか悪いのか。
ちづるは自分と自分の後輩に仇なす者には容赦ないが、それ以外の忍たまや教師陣には笑顔で応対するくのたまだった。その笑顔の裏に打算があるのかないのかは知らないが、彼女に迷惑を掛けない限り笑顔は揺るがない。
きっと小平太も、間接的にもちづるの笑顔を見たことがないことはないだろう。今までは意識していなかっただけで。それを意識しだしてすぐにそんな場面に出くわしたわけだから、こうも衝撃を受けたのだ。長次はそう推測した。

「私には笑ってくれたことなどないのに、小松田さんには、乱太郎にはあんな風に笑うなんて」
「……嫌なのか」
「嫌だ。私にも笑ってほしい。いや……私以外に笑わないでほしいとさえ思った」
「……何故そう思った?」
「何故って……」

いい兆候だ。考える小平太に、長次は思う。正しい答えを導き出し、自覚するには丁度いい機会。逆に、ここで気付かなければ二度と機会は訪れないかもしれなかった。

小平太が想いに気付くことは、果たして良いことだろうか。小平太がちづるを好いていると気付いて暫くした頃、長次が考えたことである。
忍になる身として恋情というのは重荷になるのではないか。大切な存在が出来ることは足枷になるのではないか。未だ若かった長次に答えが出せるわけもない問いだった。
しかし、と。今ならば長次は迷うことなく是と答える。暴君と呼ばれる彼には、自身を統制させられる何かが必要だった。身を滅ぼしかねない衝動を抑え込める何かが。
恋情はきっとその何かになりうる。それを証明できるものはないが、長次は確かにそう思っていた。

一刻ほど、小平太は黙ったままだった。じっとしていられない性格の彼が、それだけの間思考を続けていた。
同じく動かず向き合っていた長次に、小平太は顔を上げ視線を交わす。戸惑うような視線。困惑を隠せない引きつった笑みで、小平太はぽつりと言葉を落とした。

「……私はちづるが好きなのか」




目次
×
- ナノ -