07

薬草摘みは思いの外簡単に終わった。特に不運な事態が起こるわけでもなく、乱太郎も拍子抜けしたほどだ。あの勢いの中忘れず持ってきたかごがいっぱいになり、中身が零れ落ちないよう頭巾で包んだ。それを乱太郎が背負い、その乱太郎を小平太が背負う。肩に担がれるよりは断然ましだった。

「七松先輩、薬が出来たらちづる先輩に差し上げるんですか?」
「そうだぞ」
「どうしてちづる先輩に?」
「ちづるの笑った顔が見たいんだ」

乱太郎は疑問に思う。乱太郎にとってちづるはいつもにこにこした優しい先輩だった。
くのたまとはいえ上級生、下級生相手に悪戯することもないし、悪戯に引っ掛かったときには助けてくれる。その代わりくのたまに悪戯したときにはこっぴどく怒られるのだ。だからなるべく怒らせないようにしているのだが、それはともかく。
そんなちづるの笑顔を見たことがない、ということはつまり怒らせてばかりなのか。
さすが暴君、と乱太郎は苦々しく笑った。

「着いたぞ!」
「わ、と、と。ありがとうございました、七松先輩」

考え事をしている間に幾つかの山を越え、学園の門の前に戻ってきていた。あっという間だ。ここまで来たら薬を無駄にすることもなさそうだと乱太郎は安心しながら小平太の背から降りた。

「あ、ちづる先輩だ」
「おお、本当だ……な……」

門をくぐるとすぐにちづるがいた。門の周囲を掃除していた小松田秀作と何かを話していたらしい。やはりにこにこした笑顔を浮かべていて、今日も素敵だなぁと乱太郎はちょっとばかり嬉しく思った。
二人の存在に気付いたちづるは乱太郎と視線を合わせると一層優しげな笑みを浮かべ、そのまま小平太に視線を移すと怪訝そうな顔をする。乱太郎も釣られるように小平太を見上げると、ぎゅっと眉を寄せた難しい顔がそこにあった。ちづるから視線を外す様子もない。ちょっと怖い。

「おかえりなさい、二人とも。入門表にサインお願いしまーす」

いつも通り入門表を差し出す小松田に、乱太郎は少しだけ感謝した。今回ばかりはその空気の読めなさに助けられた気分だ。
サインを書く間にちづるは去っていったけれど、小平太がずっと目で追っているのには気付かない振りをした。これ以上巻き込まれない方がいいと本能が警鐘を鳴らしていた。




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