06

「贈り物?ちづるちゃんに?」
「ああ!」

善法寺伊作は濡れた手拭いを額にあてながら、小さく嘆息した。ずきんとたんこぶが痛んだ。
小平太が保健室を強襲したのはつい先程の出来事である。ぴしゃーんと障子が開き、その衝撃でコーちゃんが倒れ、コーちゃんに一年生が躓き、持っていた包帯とトイレットペーパーが転がり、それを踏んだ川西左近が転けそうになり、それを助けようとして足を引っ掛けた伊作と頭をぶつけた、そんな不運を一通り終え、三反田数馬が水を汲みに行き浦風藤内に連れられ帰ってきてから、ようやく話を始めることができた。
そして聞いた話がこれだ。まったく、仙蔵も厄介なことを。
伊作は小平太とちづるの関係にさほど興味はなかった。まぁちづるちゃんが小平太の相手をしてる間は僕らにバレーボールがぶつかることもないからありがたいな、とはいえ別の不運には遭うけど、くらいに思っていた。なので、特別応援してあげようとも邪魔しようとも思わない。

「くのたまが欲しがっている薬、ね」

分かることは分かる。痺れ薬だとか毒薬だとか、実戦においても使えるものだ。だがそれがくのたまの手に渡ると、悪戯か実験台にされるかもしれない。そういうのはお断りだった。

「そうだなぁ、傷薬なんてどうだろう。ちづるちゃん、よく怪我するみたいだし」

主に小平太のせいで。それなのになかなか保健室に来ないことを心配して訊けば、自分で傷薬を持ち歩いていると答えた。それでも消費が嵩むだろうし、傷薬ならあっても邪魔にもならない筈だ。

「そうか、傷薬だな」
「ああ、薬草を持ってきたら僕が作ってあげるよ」
「本当か?!よーし、早速採ってくるぞ!」
「あっ、待って待って。薬草はちゃんと丁寧に採らないと、また育ってくれないんだ。誰か分かる人に教えてもらって……」
「そうか!行くぞ乱太郎!」
「えっ?!」
「いけいけどんどーん!」
「えええええ?!」

乱太郎を脇に抱えて走り出す小平太を、伊作は止めることも出来ず見送ってしまった。これは不味い。あわよくば保健委員会の分も採ってきてもらおうと思っていたけれど、まさか乱太郎が誘拐されてしまうなんて。
慌てて追いかけようとして縁に躓き、顔面から板敷きに衝突する。顔を上げれば既に小平太は走り去った後だった。

「すっごいスリルー……」
「ど、どうします、伊作先輩」
「うーん……」

戸惑う下級生たちに、伊作は低く唸った。
今更追い掛けても追いつけないし、何処の山へ行ったかも分からない。
ちゃんと採ってくるのかは心配だったが、乱太郎が一緒だし、いくら小平太でも傷薬に必要な薬草がどれなのかくらい覚えている筈だ。乱太郎も、小平太が一緒なら熊に襲われても蜂に追い掛けられても逃げ切れるだろう。
小平太には帰ってきてからしっかり説教するとして。乱太郎に怪我のひとつもさせていれば実験台にでもなってもらうとして。

「とりあえず乱太郎の無事を信じて、此処の片付けをしようか」

伊作は保健室の中を見回した。倒れてばらばらになった骨格標本、巻き直さなければいけない包帯とトイレットペーパー、転んだ拍子に散らばった薬草。障子が壊れてなかったり薬棚が倒れていないだけ随分ましだよねと考えながら、そう考える自分にちょっとだけ落ち込んだ。




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