05

喜ぶことをしてやればいい。長次の言葉を反芻しながら、小平太は頭を悩ませていた。
喜ぶことと言ってもそれが思いつかないのだ。お手玉にしてやることも一緒にバレーをすることも、ちづるは喜ばないと前もって言い含められていた。
悩みに悩んで約一日。夜は布団に入ればすぐに寝たし、鍛練も実技の授業もしっかり集中したから、実質は二、三刻といったところか。それでも、悩むことは得意でない小平太が頭から煙が出そうなほど悩んだ結果が、『誰かに訊こう』だった。
悩むことも大事かもしれないがいつまで経っても思い付きそうにない。それに長次も、本当に駄目らしいことは禁止したけど誰かに相談することは禁じなかったじゃないか。
小平太は決めると、目当ての人物の元に急いだ。誰に相談するかは悩まない。女の子を喜ばせるのなら、女の子のことに詳しい者がいいに決まってる。

「仙蔵っ、聞きたいことがある!」
「騒がしいな」

びしゃんっ、障子が勢いよく滑り音を立てた。
どうやら勉強をしていたらしい。立花仙蔵は振り返ると、しかし嫌そうな顔はせず仕方がなさそうに招き入れた。
同室の潮江文次郎は鍛練かそれとも委員会か、姿はない。小平太はずかずかと足を踏み入れ、仙蔵と向かい合うように座った。

「それで、聞きたいことがあるんだったな?」
「うん。女の子を喜ばせたいんだが、どうしたらいい?」
「女?……内村ちづるのことか?」
「そうだっ」

きっと長次が助言したのだろう、と仙蔵は推測する。小平太がちづるに恋情を抱き、自身は気付いていないということは六年生の共通認識だ。
仙蔵は長次のように応援はしていないが、阻止しようとも思わない。ただ、ちづるが絆されれば面白いだろうな、とは考えていた。
そういうわけで訊かれれば答えよう。ああ文次郎がいなくてよかった。あいつは阻止派だから面倒くさいことになるところだった。仙蔵はその美貌を愉しそうな笑みに変える。

「そうだな……まあ、お前でも出来そうなことなら贈り物なんてどうだ?美しい花や甘味もいいが、くのたまなら実用的なものも喜ばれるぞ」
「実用的?」
「薬だとか。伊作に聞いてみろ、くのたまに人気のある薬を知っているかもしれん」
「分かった!ありがとう、仙蔵!」
「長次への報告を忘れるなよ」

いけいけどんどーん、走り出した小平太は障子を閉めることはしなかった。やれやれと仙蔵が腰を上げる。遠くから聞こえた悲鳴は聞かなかったことにした。




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