後日、滝夜叉丸の悩み事

どうにかならないものか。滝夜叉丸は嘆息する。
彼の悩みの種は、体育委員会委員長七松小平太と、その想い人内村ちづるであった。早い話が、恋仲になるのを応援してもいいものかということである。

滝夜叉丸は小平太に対し好感と敬意を抱いている。マラソンだ何だで何度か殺されかけた気もするが、それでも忍たま上級生の中で誰より尊敬している存在であった。その人が恋をしたとなれば、応援したいのが後輩心である。そう滝夜叉丸は主張する。
まぁ、本人は関係ないと言い張るが、小平太がちづるへの想いを自覚してから体育委員会が変わったというのも理由であろう。ちづるの言葉を聞き入れ、丁度良い頃合いに休憩を入れるようになってきた。塹壕堀りやトレーニングも、あまりにやり過ぎてしまう前にちづるが声を掛けて中断させることが増えた。三之助が迷子にならないよう用具委員の食満や富松から丈夫な縄を譲ってもらってきてくれたのもちづるだ。
滝夜叉丸にとってちづるは昔から変わらず救世主である。はじめて助けられたあのオリエンテーリングの日から、何度助けられてきたことか。最初のそれは意識もなく人伝に聞いたわけだが。
尊敬する先輩同士が幸せになるのは素晴らしい。委員会が更に良くなるだろうとなれば、滝夜叉丸が願わない理由はなかった。

しかし大切なことがひとつ抜けている。
ちづるは、一体どう思っているのか。
小平太の恋心は非常に分かりやすいものであったが、対するちづるの気持ちはなかなか読めない。もし小平太を嫌っているようであれば、仲を進展させようという思いが迷惑であれば、応援などできるわけがなかった。

まずはそこのところを確認したい。本人に訊くことは当然できないし、他の忍たまに訊いても恐らくきっと無駄であろう。では残るくのたま、には、知り合いもいない。いないことはないが声を掛けただけで袋叩きにされる気がする。
はてそれではどうしたものか。物語とは単純で、こういったときにお助けキャラが登場するのはもはやお約束。

「どうなさいましたか、滝夜叉丸先輩」

ひょこりと現れたのは一年生のくのたまだった。実習で迷子になったり熊に襲われそうになったり小平太に助けられたり滝夜叉丸に手当てされたりした、あのくのたまだった。
なんてお手軽なお助けキャラ。滝夜叉丸はこれ幸いと、かくかくしかじか語りだす。ぐだぐだと合間に挟んでこようとする自慢や何やはばっさりと切り捨てつつ、くのたまはふんふんと頷いた。

「ちづる先輩の気持ちですか」
「ああ。何か知らんか?」
「そうですねえ……七松先輩のことは、お嫌いじゃないと思います。この間、大型犬だと思えば可愛くも思えるかも、とおっしゃってました」
「犬……」

それはどう受け取るべきだろう。滝夜叉丸は思案する。確かに嫌ってはいなさそうだ。しかし犬扱いは異性として意識していないことになるのでは。精々愛玩動物であろう。私はあんな犬は飼いたくないなどうせなら気品溢れる猫がいい、じゃなくて。

「ちなみに潮江先輩のことは丈夫な実験台、立花先輩については話して聞かすだけでも毒だからと」
「分かった、もういい」
「あ、滝夜叉丸先輩については顔も綺麗だし自己愛の過ぎるところもまた可愛いとおっしゃってましたよ」

うん、六年い組のふたりよりは犬扱いの方が絶対良い筈だ。立花先輩をどう思っているのかとは絶対に触れないでおこう。あとこの美貌を褒めてくださったのは素直に喜ぼうではないか。その評価が当然のものとはいえ、ちづる先輩のお言葉なのだから。
いや、だから、じゃなくて。
滝夜叉丸は頭を振る。振りすぎて目が回ったりもしたが、とにかく気を取り直して何か――

「放っておいても大丈夫かと思います」
「な、……何?」
「お察しの通りちづる先輩は七松先輩に悪い感情をお持ちではありませんし、最近は共に過ごす時間を楽しみにしている様子もあります。今はまだ飼い犬を愛でる感覚を楽しんでいらっしゃいますが、きちんと想いを交わすのも時間の問題でしょう」

ですからきっと、大丈夫。
くのたまはにこりと笑った。
その笑みには自信に満ちていて、滝夜叉丸は悩みながらも「そうか」頷いた。あくまで一年生の観察であることは忘れてはならない。だけれども説得力のあるその笑顔に食い下がることは滝夜叉丸にはできなかった。
この子がそう言うのならば、今暫くは様子を見よう。応援は、そっと心の中でしておこう。時間が経っても何もなければ、そのときまた考えようではないか。

「私、お役に立てましたか?」
「ああ、勿論だとも。時間を取らせてすまなかったな」
「いいえ。私は好きな殿方のお役に立ちたいタイプのおなごですから」
「そう……え?」

頭を撫でてやろうとした滝夜叉丸の手が止まった。んん?この娘は今なんと言った?好きな、殿方の……?
くのたまは滝夜叉丸の様子を気にせず、にこにこと邪気の欠片もない笑顔を向け続けている。その笑顔は確かに可愛いけれど。まだ早いとか、十歳なんてこの時代結婚もあり得なくはない話だけれど、だけれども。
どうしてそうなった?たらり、頬に汗が伝うのを感じて、滝夜叉丸は一歩後退る。
すると彼女は同じ距離だけ詰め寄った。退る、詰める、退る、詰める。変わらない笑顔が少し怖く見えてきた。
何歩退ったか。ぴたりとくのたまは立ち止まる。いつの間にか滝夜叉丸の背後には木が聳え立っていた。逃げ道を確認する滝夜叉丸に、くのたまは世間話をするような調子で言った。

「好いた男は逃がすなとくのたまの先輩に教えていただきましたので……今後よろしくお願いいたしますね」

ああ、待って、私ロリコンじゃない。




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