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遠くにちづるがいる。そう伊作が気付いたときには、小平太は走り出した後だった。砂煙を上げる様子は今まで通りで、相変わらずよくやるなぁ、なんて呆れを通り越して感心する。
そういえば傷薬はどうしたんだろうか。薬を渡した翌日、小平太はまた大量の薬草と共にもう一度作ってくれと頼んできた。余った薬草は保健委員会のものとなるので喜んで作ってあげたけれど、何故か忙しない小平太に理由も結果も聞きそびれてしまった。
あの様子からして渡してはいるんだろうけど。むくむくと野次馬精神が膨れ上がると、それを抑え込むことはしなかった。

「ねぇ、長次、仙蔵。結局どうなったの?」

静かに見守っている彼と愉しげに眺める彼ならきっと知っているだろう。話を求めると長次がもそもそと語りだした。仙蔵がそれに時折補足を入れる。
数日前、怪我をしたくのたま一年生が保健室を訪れたとき、伊作は席を外していた。数馬が治療したと後に聞いたが、そうかあの薬を塗ったのか、ならばきっと傷跡も残らないだろうと伊作は心の中で小平太を褒める。それで再度依頼したのかとも納得した。
長次が語り終えると、ふぅん、とつまらなさそうに唇を尖らせた。それを見た仙蔵が口の端を釣り上げる。

「なーんだ、返事は聞いていないのか」
「詰めが甘いのはあいつらしいがな」
「……」

抱く思いは各々である。まだまだ振り回される日々が続きそうだなと伊作は嘆息すると、彼らの方へ目を向けた。見えるのは嬉しそうに目を輝かせる小平太と、相変わらず嫌そうなちづる。

「ちづる!好きだ!抱き締めていいかっ?」
「あー…………………………握手なら」
「分かった!」
「痛っ、痛い痛い!力加減覚えなさい!こら!」

ぎゅっと手を握り締める小平太の足に、ちづるが蹴りを放つ。が、当然のように痛くも何ともなさそうだった。ちづるは舌打ちすると狙いを股間に変える。伊作が顔を歪ませるのとちづるの足が小平太の手に捕らわれるのは同時だった。

「……離しなさい」
「おお、腕も体もだけど、足もほっそいな!もっと食べた方がいいんじゃないか?」
「離せっつってんでしょうが小平太!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を止めるものはいない。長次は嬉しそうな友を邪魔する気はないし、仙蔵は変わらず愉快そうだ。伊作も止めに行ったところで穴に落ちるだろうからと動かなかった。
しかし、どうやら。伊作は二人を見たまま仕方がなさそうに笑った。

「まぁ、進展してなくはない、かな?」
「このまま絆されれば小平太の勝ちだな」
「……」

邪魔するのも悪いし、移動しようか。誰からともなく歩き出す。途端に背後から飛んできた棒手裏剣はそれぞれ避け、伊作は二次被害に遭いながらも無傷だったことに安心して。
やがて遠くから聞こえた悲鳴に抱く思いはやはり各々、皆が皆聞こえなかったことにした。



end




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