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小平太が目を丸くしてぱちぱちと瞬きを繰り返すのを、ちづるは面白いなぁなんて思いながら見ていた。後輩を助けてくれた礼になるのなら笑顔なんて惜しくもない、作り笑いくらい幾らでもくれてやる、そう思ってはいたけれど、今自分の口角が上がっているのは決して意図して作ったものではないと分かっていた。
数拍置いて小平太の顔がカッと赤くなる。その様子がまたおかしくてくすくすと笑い声を零せば、彼は耳まで赤く染まった。

「わ、わ……ちづるが笑った!」
「笑ったくらいでそんなに驚く?」

なるほど笑顔が原因らしい、慌てふためく彼は意外と可愛いなぁ。暴君相手にそう思うことは初めてであった。物理的に振り回されてばかりだったから、初めてなのは当然か。
ちづるはもともと、小平太のことはそれほど嫌いではなかった。度重なる被害には辟易していたし敬遠したかったけれど、それに悪気がないのは分かっていたし、害さえ及ぼしてこなければ好かれて悪い気はしない。腹を立てていたのはどちらかといえば彼の友人たちに対してであったし。
加えて今回のことである。後輩を助けてくれたことに感謝しているし、彼でなければ熊についても、倒せないとは言わないが後輩は確実に危険な目に遭っていただろう。
つまるところ、見直したわけである。ほんのちょっぴり、今回はこれ以上罠を仕掛けるのをやめることにしてもいいな、と思うくらいには。

「ちづるはやっぱり可愛いな、一等可愛い!長次の言った通りだ!」
「中在家は一体何を言ってるんだ」

やっぱり奴だけははっ倒すべきか。結局罠にも掛からなかった彼を思い浮かべるちづるは、側頭部に添えられた手にはっとした。ぐりんっ、ぐきっ。既視感を覚える音と共に無理矢理前を向かされる。やっぱ考え直そうか、とちょっと涙目になりながらちづるは笑顔満開の小平太と目を合わせた。あと歩きながらこの体勢は辛い。止まるか離すか、っていうか離せ。

「ちづる!」
「い、痛、っていうかこの距離でその声量はちょっと――」
「好きだ!」
「……は?」

なんという急展開。ちづるは内心ずっこけた。実際には転けようにも頭を掴まれたままで無理だった。
あんた自覚したの多分最近でしょうが。笑顔ひとつに狼狽えてたくせに、さっきの今で臆面もなく告白だと。言いたいことは色々あったが、どれから言おうかと口を開いたところで「おっ、着いたぞ!」目に飛び込んできた熊に再び紡いだ。もうどうにでもなれ、溜め息ひとつ。

「早く持って帰らないと夕飯に使えないなぁ」
「……あんた、本当勢いだけで生きてるわね」
「そうか?」
「……まあ、いいわ。帰りましょうか」

熊を担ぎ上げる小平太からは恋仲になろう云々の言葉もないしちづるの気持ちを訊いてくることもない。訊かれたところで今はいい返事を与えることはできないけれど。でもちょっとは考えてみてもいいかもしれないと思わないでもない心境だし、けれど巨大な熊を目の前にこんなことで頭を悩ますのもどうかと思うし。
ちづるは深く深く息を吐き出した。
なんか色々馬鹿らしくなってきたから、今日はもう、いいか。




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