21

小平太がぴくりと反応したのと、ちづるが降ってきたのは同時だった。
滝夜叉丸や他の面々は突然現れたちづるに驚きを隠せないでいるが、「ちづる先輩!」くのたまは嬉しそうな声を上げ、駆け寄ってきた彼女の腕に抱き締められる。ちづるはくのたまに頬を寄せ、ほう、と安堵の息を漏らした。

「無事だったのね、よかった……怪我はない?」
「転びましたけど、皆さんが手当てしてくださいました!」

手当てと聞いてちづるはくのたまを離しその体を見回した。適切に手当てが施されているのを見て、心配を浮かべていた表情にようやく柔らかな笑顔が灯る。
それを見た滝夜叉丸は、相変わらず可憐な微笑みだと吐息を漏らした。滝夜叉丸の知るちづるはいつも見る者に安心を与える表情をしていた。下級生たちもその笑顔に表情を明るくさせているし、七松先輩だって、と、その表情を盗み見ようとして驚いた。
暴君の頬が、うっすらと染まって見える。まさかマラソンのせいではないだろう。せいで堪るか。しかし、小平太がちづるを好いているのは滝夜叉丸も気付いてきたが、彼のそんな顔を見るのは初めてだった。

「ありがとう。貴方たちが見付けてくれたのね」
「い、いえ、我々と言うか、七松先輩が声を聞いて……」

委員長はどうやら彼女に見惚れているらしい、滝夜叉丸はそう判断した。ちづるの礼の言葉にも小平太が反応を示さないため、滝夜叉丸が慌てて言葉を返す。「そうなの?」ちづるはくのたまに確認を取ると、その微笑みを真っ直ぐ小平太に向けた。

「この子を見付けてくれてありがとう、七松」
「えっ。い、いや、その……」

ばっちりと視線が合えば小平太が狼狽えたのは滝夜叉丸にもしっかりと分かった。小平太が何を言うことも出来ないことにちづるは不思議そうな顔をしたけれど、「手当てをしてくださったのは平先輩です」くのたまの言葉に頷き、視線を滝夜叉丸に移した。
「ありがとう、滝夜叉丸」「いえ、薬は七松先輩が持っていたものですし……」ちづると言葉を交わす間も、滝夜叉丸は小平太が気になって仕方がなかった。彼から向けられる視線が冷たい気がする。この落差はなんだ。嫉妬か。滝夜叉丸は必死に気付かない振りをして、この場から逃げ出すために頭を働かせた。

「で、では、我々はその子を保健室に連れて参ります!」
「え?けれど私が」
「いえ!どういった手当てを施したかもしっかり伝えねばなりませんし!授業中でしたなら、山本先生への報告もこの平滝夜叉丸が責任を持って遂げさせていただきます!宜しいですよね七松先輩!」

有無を言わさぬ勢いで言えば、小平太も「お、おお」思わず頷く。ちづるも首を傾げつつもくのたまに問い掛けて、「大丈夫です。先生にきちんと説明します」にっこりと笑う少女にそれならばと頷いていた。

「じゃあ、お願いするわ」
「はいっ。さあ、背中に乗るといい」

これでいい。滝夜叉丸は思う。下級生も連れていけばいけどんマラソンもなし崩しに終了だ。その上、ここから逃げ出し先輩方を二人きりにすることも出来る。ああ私ったら、なんて出来る子!
背を向け膝をついた滝夜叉丸に「次屋三之助先輩がいいです」あっさりと言ってのけるくのたまに、体勢を崩したりもしたけれど、それはそれ。

「学園に着いたら今日の委員会は終了していいぞ」
「分かりました。行くぞお前たち!」
「は、はい!」

小平太の言葉に頷き、下級生に声を掛けた滝夜叉丸は、三之助に繋いだ縄をしっかりと持って歩き出す。後は野となれ山となれ、である。




目次
×
- ナノ -