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くのたま一年生は突然現れた小平太に目をぱちぱちと瞬かせた。「大丈夫か?」訊いてくる彼の後ろには熊が倒れていて、ぴくりとも動かない。
助かったのか。そう気付くと、ぽろぽろと涙が零れ出した。恐かった。もう駄目かと思っていた。
演習中、彼女は足を滑らせちょっとした崖から滑り落ちてしまった。登るには難しい高さに慌て、登れる場所を探そうと動き回っているうちにすっかり迷子。根っこに躓いて膝や肘は擦りむくし、まさに踏んだり蹴ったり。心細くて泣きそうになったら背後からがさごそと音がして、誰かが迎えに来てくれたと思ったら熊だった。食べられちゃう、そう引きつった悲鳴を上げて、ぎゅっと身を固くしたら、また物音がして今度は人が現れた。
この人が助けてくれたのだ。安心が涙腺を緩ませた。

ぎょっとしたのは小平太である。助けた相手に泣かれることは考えていなかった。しかも相手はくのたまである。ちづるの大切な後輩を虐めたと勘違いされては堪らない。

「ど、何処か痛いところでもあるのか?」

聞いてみてもやはりしゃくりあげるばかりで答えない。さてどうしたものかと考え、即座に浮かんだのが後輩たちだった。彼らならきっとどうにかしてくれるだろう、多分。
考えてからは早かった。くのたまを抱き上げ、ちづるに怒られたことを思い出しあまり揺らさないよう気を付けながら、それでも相当な速度で駆けた。

後輩たちの元へ戻れば、彼らは揃って驚いた顔をした。飛び出してきた委員長とその腕の中で泣いているくのたまのどちらに驚いたのかは各々である。

「な、七松先輩、一体どうなさったというのですか?!」
「助けてくれ!」

まさか暴君に助けを求められる日が来るとは。滝夜叉丸は再び驚愕し、すぐに事情を聞き出した。熊のくだりで更に驚くことになるのだが、まぁ、この暴君には何度も驚かされているのですぐに思考を切り替えるのは慣れたものである。




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