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伊作から受け取った、薬の入った二枚貝を壊さないよう気を付けながら握り締め、小平太はちづるを探していた。留三郎に励まされたあの日から、帰ってきたその日に渡すのだと心に決めていた。
食事を取り、風呂に入ったことで、授業が始まるぎりぎりの時間になってしまった。その分居場所は限定される。長屋は出ているだろう、教室か、グラウンドか。そんなことは考えず、小平太はただ直感に任せて走る。野生の勘とも言うかもしれない。

ちづるはすぐに見つかった。門の傍で数人のくのたまと共に何かを待つように立っていた。
「ちづる!」小平太が名を呼べば、ちづるの視線が小平太を捉えた。ちづるだけでなく周りのくのたまたちも不愉快そうな目を向けてきたが、しかしそんなことは気にならない。何よりちづると目が合ったことが嬉しかった。

「七松。あんた忍務中じゃなかったっけ?」
「さっき帰ってきたんだ」
「ああ、じゃあ今日は授業免除?私は授業があるから、相手はできないわよ」

しっし、と追い払うように手を振られる。相手をしてもらえないのは残念だが今日の用件はそうじゃない。
これをやる。その五文字と同時に握った手をつき出せばいい。よしやるぞと小平太は意気込んだが、しかし何故か喉がつっかえて言葉が出てこなかった。

「っ……?」

何度やってもはくはくと口が動くだけ。最初の音すらも出てこない。不思議に思いながらも、仕方ないと別の言葉を探す。「なっ……何をしているんだ?」声が裏返った。

「可愛い後輩たちが実習なの。その監督と護衛が私たちの授業」
「ふ、ふーん……」
「あ、来た。じゃあね」
「あっ、待って!」

遠くに桃色の装束の集団が見えると、ちづるたちはひらりと塀を登り向こう側へ消えた。小平太の言葉に留まる素振りなど一瞬たりとも見せなかった。

「……行ってしまった」

手には二枚貝が残っている。何故言えなかったのだろう。絶対渡すと決めていたのに。
首を捻るが答えは出そうにない。代わりに心臓がどくどくと大きく速く跳ねていることに気付き、疲れているのだろうかと考える。それが緊張だとは思いもせず。
もう一度ちづるが去った方角を見て、小平太は踵を返す。とりあえず寝ることにした。授業が終わってから渡そうと再度心に決めながら。




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