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――ぱぁん、と火縄の音がした。

どさりと倒れたのは猪だ。ぴくりとも動かないそれに、ほう、とくのたまが息を吐く。彼女は滝夜叉丸を離すと、狙撃手がいるだろう方向に深く頭を下げた。

「滝夜叉丸……!」

「今夜は猪鍋かなぁ」くのたまは言いながら滝夜叉丸を引き摺り、猪から距離を取る。気を失っている滝夜叉丸と彼を簡単に診ていく彼女に、ようやく動けた小平太が駆け寄った。
滝夜叉丸の傍らに膝を着くと、くのたまがじろりと睨むような目を向ける。

「あんた、三年の七松小平太ね。一年生を危険な目に遭わせてんじゃないわよ」
「滝夜叉丸、」
「疲労と軽い脱水症状。休憩くらい取らせなさい。保健委員からストップが掛かると思うから、オリエンテーリングは失格ね」
「……わ、私は」

小平太は恐かった。危うく後輩に怪我を負わせるところだったことが。狙撃されなければこのくのたまだって危険だったことが。
後輩がこうなるまでどうして気付かなかったのか。ぼろぼろと涙を流し、小平太はただ悔やんだ。

「あんたも先輩でしょう。後輩を引っ張っていくのはいい、でも傷つけるな。危険な目に遭わせるな」

くのたまの言葉に小平太は頷く。何度も何度も首を振る。首が取れてしまいそうな勢いに、くのたまが呆れて息を吐いた。

「ああもう、泣き止みなさいよ。あんた、強いんでしょ。今回のことを後悔したなら、次からはちゃんと守ればいいじゃない」

くのたまは懐から手拭いを抜き出し、小平太の顔面に押し付ける。首の動きが遮断されたことと手拭いに驚いて、小平太はくのたまに目を向けた。「それ、綺麗に洗って返しなさいよ」くのたまは言って背を向ける。気付けばいつの間にかやって来ていた火縄銃を担いだくのたま上級生と何かを話し始めていた。
彼女と入れ替わるようにやってきたのは保健委員だ。滝夜叉丸を診て、小平太に背負って救護所まで下山するように告げた。言われた通りにし、滝夜叉丸は大丈夫だと診断されてようやく小平太は息を吐けた。
手にしたままの手拭いを見て、思い返すのはあのくのたまのことである。優しい子だ、と思った。泣いてばかりだった自分と違い、しっかりと滝夜叉丸の手当ても終えていた彼女に、尊敬のような感情すら抱いてきた。
「あの、」小平太は滝夜叉丸を気遣うように見て、それから近くにいたくのたまに訊いた。そしてこの手拭いの持ち主がちづるという名であることを、そこでようやく知ったのである。

次の日から、小平太はちづるを見つけると追いかけるようになった。懐いているのは一目瞭然で、いつの間にと皆は首を傾げていたが、伊作だけは知っていた。小平太が保健委員の救護所に訪れたとき、滝夜叉丸の診断に立ち合っていたからだ。長次には話したかもしれないが、きっと他の仲間たちには話していないのだろう。
あの感情は長い月日の間に恋へと変化した。もしかしたら最初から恋だったのかもしれない。
ともかくこれが二人の出会いであり、きっかけであった。

それを知っているからといって、伊作に小平太を応援するつもりもなければ止めるつもりもなかった。小平太に追いかけられることでちづるに怪我が増えたことがその最たる理由である。そのことに気づいてくれれば、まあ応援してもいいかなと思えて。

「いさっくん!」
「出来てるよ。ほら、割らないようにね」
「ありがとう!早速渡してくる!」
「いってらっしゃい。ああ、最近罠が増えてるから怪我には気を付けてね」
「分かった!」

怪我をするのはお前のせいだとちづるに怒られればいいのになどと考えていることは、伊作だけの秘密である。




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