14 小平太がちづるを好きになった理由を、伊作は知っている。否、理由かもしれない出来事を知っているだけで、それが直接の理由ではないのかもしれない。ただそれでも想いのきっかけとなる出来事だっただろうと伊作は考えていた。 三年生の頃だ。学園長の思い付きで学年混合ダブルスオリエンテーリングが開催された。場所は裏山から裏裏山にかけて、幾つかのポイントを回ってゴールすることがルールというシンプルなものだった。 小平太は当時一年生だった平滝夜叉丸と組んでいた。下級生の手本になろうと小平太は張り切っていたが、小平太は当時既に六年生並みの体力と足の速さがあった。よって張り切れば張り切るだけ滝夜叉丸はぼろぼろになっていたのだが、本人は気付かぬままだった。 「次はー……あっちだな!」 道なき道を行く小平太の後を滝夜叉丸は必死に追い続ける。幼い滝夜叉丸には大変辛かったが、しかし彼のプライドが弱音を吐かせなかったし、言っても無駄だろうとはもう既に理解されていた。 先に進み振り返れば遠くとも着いてきている後輩に小平太は気を良くしたし、滝夜叉丸は躓いても転んでも後を追うことをやめなかった。 「っ……!」 しかし幾らプライドがあっても、体力には限界がある。滝夜叉丸はふらふらになり足が縺れべしゃりと倒れ込むと、そのまま動けなくなってしまった。 けれど小平太は気付かない。先に進み、随分と歩いて振り返り。そこで、目を見開いた。 「何っ?!」 猪。気が高ぶっているのか猛スピードで駆けるそれは、一直線に滝夜叉丸に向かっていた。危ない、叫ぼうとしてようやく滝夜叉丸が動かないことに気付く。動けないことに、気付く。 「滝ッ……!」 助けるためには距離がありすぎた。伸ばした手が届くわけもない。駆けた足が間に合うこともない。呼ぶ声で滝夜叉丸が動ける筈もなく、しかしただ頭が真っ白のまま何かを叫んでいた。 「危ない!」 そのときだ。 がさりと枝が揺れ、滝夜叉丸の傍に何かが落ちる。桃色、くのたまの装束。彼女は猪に背を向けると滝夜叉丸を庇うように抱き締めた。守って、いた。 そこにあるべきなのは。 小平太の胸が強く痛む。 そこにあるべきなのは、自分なのに。 ← → 目次 ×
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