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食堂に向かった小平太とは別に、文次郎は汗と汚れを流すため井戸へと向かう。そこには先客がいて、二人が帰ってきたこととその理由について話して聞かせた。
同じく首を傾げるだろうと思っていたが、聞き終えた伊作は穏やかに笑う。お前の親友の苦労にそんな顔でいいのかとちょっと思った。

「ちづるちゃんだろうね」
「ちづる?……くのたま六年の内村か」
「そうそう。彼女にしてあげたいことがあったのにお預けになっちゃったからね」

それを聞いた文次郎は渋い顔をする。文次郎は小平太とちづるが恋仲になることに六年で唯一反対していた。
文次郎はそもそもちづるがあまり好きでなかった。ちづるに対し、低学年のときから変わらぬ印象を持っている。悪戯をけしかけてきて、それにせせら笑い、悪びれる様子もなく再び繰り返す。変わっているのは悪戯の凶悪性くらいだ。くのたまとして優秀なのは認めるが、必要以上に突っ掛かってくるのも気に食わない。理由は大抵、彼女が大切にする後輩のことである。くのたまの後輩についてならまだしも、忍たまのことまで口を出してくることが苛立たしい。どれだけ可愛い顔をしていても可愛いと思ったことは初対面のときの一度のみであり、それすらも汚点だと思っていた。
とにかくそんな彼女が級友といい仲になるのには賛成できない。更に三禁がどうのこうのを加えれば文次郎の大まかな言い分が出来上がるのだが、まあそれは置いておいて。

「……まさか自覚したのか?」
「さあ、僕は知らないよ。本人に聞いたら?」

小平太がちづるを好いているとは知っていたが、小平太に自覚はないしちづるも邪険に扱っていたから恋仲になることはないだろうと思っていた。が、しかし小平太が自覚してしまっていれば話は別だ。
もしかしたら、小平太の態度が変わるかもしれない。もしかしたら、ちづるが小平太の想いを受け入れるかもしれない。そうなれば当然止めることはできなくなる。
いや、小平太が自覚したときから止めることなどできるはずがなかった。暴君を止められる者など極僅かに限られている。

「あんな女の何処がいいんだ」
「まあ、何か理由はあるんだろうね」
「あいつはろくな女じゃねぇぞ」
「僕に言われても」

舌打ちをして吐き捨てた言葉に、伊作が苦笑する。「留三郎がご飯食べ終わるまでに空気の入れ替えしなくちゃ」そう部屋へと戻っていく彼に、文次郎はそれ以上何も言わなかった。




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