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地に響くそれに、最初に気付いたのは夜通しの訓練を終え学園に戻る途中の潮江文次郎であった。予定より二日近く早いそれに、訝しげにしながらも文次郎は出迎えに門の前に立つ。勢い余って門を壊さぬよう止める為でもある。
地響きは段々と大きくなり、巻き上がる砂塵が見え、その原因が姿を見せる。もっと忍べよと思いながらも文次郎は構えた。

「ただいま、文次郎!」
「早かったな」
「ああ!」

級友の姿を見つけ更に速度を上げた小平太は、文次郎の前でぴたりと止まった。襲い掛かる風圧に耐え、文次郎は息ひとつ乱さない彼に呆れた視線を送る。相変わらず底無しの体力である。
もうひとりはどうしたかと遠くに視線をやれば、留三郎は随分遅れて後に続いてきていた。どれだけ走っていたかは知らないが、むしろ速い方なのだろう。
荒い呼吸を繰り返す留三郎は今にも倒れそうで、喋ることも出来そうになかった。今回ばかりは文次郎も馬鹿にすることは出来ず、黙ってただ竹筒を渡してやる。半分ほど残っていた水はすっかり空になって返ってきた。
とりあえずと門を潜り適当に腰を落ち着ける。留三郎に事情を聞くのは無理だろうと、文次郎は小平太に向かって口を開いた。

「随分早かったみてェだが、何かあったのか?」
「いや、ちゃんと忍務をこなしてきたぞ。留三郎のお陰で一人たりとも逃がしていないし」
「ならこんなに急ぐ必要もなかっただろ」
「小平太が、早く帰る、って聞かなくて、よ……」
「……お前は喋らんでいい」

ゼェゼェとまだ呼吸の整わない留三郎を押し留めてやれば、留三郎も突っ掛かってくることなく回復に専念する。珍しいなと小平太が笑うが空も空気を読んで雨粒ひとつ落ちる気配はなかった。

暫くしてようやく落ち着いた留三郎が腰を上げる。走れはしないだろうが、立って歩けるくらいには回復したようだ。無理はするなと言ってやれる関係ではないため、文次郎は眉間に皺を寄せつつも何も言わなかった。

「小平太、俺が報告を済ませてくるから、飯の確保しといてくれ」
「分かった。風呂はどうする?」
「飯の後だ!」

これにも文次郎は眉を寄せた。忍務帰りは血や火薬の臭いがどうしても付いてしまう。池や川で落として帰るためそうそう残すことはないのだが、しかし留三郎には委員会に福富しんべヱがいた。鼻のいい後輩に決して悟られないよう、留三郎は報告の後には風呂へ向かうことが多い。
しかし今日は飯を優先させるという。よっぽど腹が減っているのか。まさかなと思いながら小平太に問えば、彼は腕を組んで「うーん」と考え始めた。

「昨日今日と、忍務を終えてからは走りっぱなしだったからなあ。留三郎はろくに飯も食ってないし……えーと、兵糧丸がひとつふたつか」
「……本当に追われてもなかったのか?」
「早く帰りたかっただけだぞ?」

兵糧丸はひとつで一食分である。しかも一食分の栄養というだけで、それほど腹が膨れるものではない。加えて小平太に合わせた全力疾走である。留三郎の様子から見て休憩も充分だったとは思えない。
そうまでして急いだ理由が早く帰りたかっただけなどと。文次郎に理解できることではなかった。
小平太はただきょとんとして首を傾げる。それを見た文次郎は、今日ばかりは留三郎に気を使ってやろうと心に決めた。さすがに雲が集まってきた。




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