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鍛練へ向かう途中のことだった。木々の幹に矢や刃物が刺さり、枝には網や縄が下がり、そのすぐ下の地面にぽっかりと穴が空いているのを長次は見つけた。
誰かが罠に掛かったらしい。他にも丸太やら焦げ跡やら幾つか仕掛けの発動した名残がある。残りの仕掛けに気を付けながら、長次はそっと穴の中を覗き込んだ。底には予想通りの人影。

「あ、長次」
「……大丈夫か?」
「うん。悪いけど手を貸してくれるかい?登れなくて困ってたんだ」

存外深い穴の底で、伊作が困った風に笑っていた。長次はひとつ頷いて手を伸ばす。しっかと握る彼に大した怪我はなさそうだと判断し、力任せに引き上げた。

「いやあ、助かったよ」
「……いつものか?」
「そうだと思う」

留三郎と小平太が出立して三日、仕掛けに掛かった伊作を長次が助けるのはこれが初めてではない。連日、多い日は二度助けの手を差しのべていた。もっと言うならば伊作だけでなく、五年の不破雷蔵や竹谷八左ヱ門なども救いだしている。
そしてそれらの罠は恐らくたった一人が拵えたものだ。四年の天才トラパーが綺麗な穴を掘るように、罠を仕掛けるにも特徴がある。最初の仕掛けを起動したら最後、避けても避けても連続して罠が襲い掛かってくるようなねちっこい仕掛けは同一人物だろう。
まったく誰が。そう溜め息を吐く伊作に、長次は小さく口を開いた。

「内村……」
「え?ちづるちゃん?」
「小平太のことで……怒っている」
「……うーん、それは」

仕方ないよなぁ。声には出さなかった伊作の呟きを受け取って、長次はゆっくりと頷いた。
長次は小平太の為を思って二人の仲を陰ながら応援している。しかし当のちづるには迷惑なこと限りない話だろう。小平太には追いかけられたり連れ回されたりと散々な目にばかり遭っている。そんな彼と恋仲にさせられそうになって、いい気分になる筈がない。止めようとしないどころか協力までしようとする存在を恨むのも仕方ない、と長次は考えていた。
これは忠告である。小平太に諦めさせなければ、仕掛けの数も危険性もこれ以上のものになる。しかし、それでも。

「……私は、止めるつもりはない」

長次は友人想いな男である。親友のことを思えば多少の罠に怯むことはない。そもそも長次はまだ被害に遭っていない。遭う前に他の生徒が掛かっており、思い知らされようにもできない状況にあった。
ただ、それを他人に押し付けるつもりもなかった。お前は好きにしろと伊作に目をやれば、彼は肩を竦めてみせる。「僕には止められないしね」一番被害を被っているくせに仕方なさそうに笑うだけの伊作は人がいいにも程があるなと長次はこっそり思った。




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