手を繋ぎたい女の子

「えーと、鉢屋?庄左ヱ門?」

茂みの中に同じ学級委員長委員会の顔をふたつ見つけた。いや、片方の顔は雷蔵のものなんだけど、雷蔵はこんな悪い顔しないと思う。
なんでそんなところにと訝しみながらも、何を熱心に見詰めているのかと思って声を掛ける。すると鉢屋は振り向きもせずちょいちょいと手招きした。

「尾浜先輩、そんなところにいると見つかりますから、早く」

庄左ヱ門の小声の呼び掛けに、俺は仕方なく彼らの傍にしゃがみこむ。何してるのか訊きたかっただけなんだけどなぁと思いながら、「お前も見てみろ」鉢屋が指差した先に目を向けた。

「彦四郎?それに……」

少し先にもうひとりの後輩、今福彦四郎が見知った子と並んで座っていた。誰かっていうのは、彼と同じ一年い組じゃなくて、ろ組でもは組でもなくて、っていうか忍たまじゃなくて、たまに学級委員長委員会のお手伝いに来る女の子、くのたま一年生の律子ちゃんだった。
何を話しているのかは聞こえない。彦四郎は空を見上げて、律子ちゃんは地面を見つめて。ふたりともどことなく嬉しそうな顔してるから、もしかしたら逢瀬の最中なのかもしれない。微笑ましい光景だと思うけど、つまり鉢屋がしていることは。

「……覗き?」
「違う。見守っているだけだ」
「観察してるだけです」

鉢屋だけでなく庄左ヱ門まで言い切った。真面目なこの子がこんなことするなんて、多分鉢屋の影響だろう。可愛い後輩に悪影響を与えるのはやめてくれ、ってのは、俺が言えたことじゃないか。
後輩の逢瀬を覗き見するほど趣味悪くないしと俺はその場を離れようとするけれど、「まぁ待て」鉢屋に止められた。

「勘右衛門、これは是非見ておくべきだ。後悔することになるぞ」
「えー……後輩見てにやにやするのは某アヒル先輩だけで充分だよ」
「お前意外と失礼だな、後で食満先輩に謝っておけよ」
「失礼は鉢屋の方だよ。だって俺名前出してないしね」
「どっちもどっちかと思います。それより先輩方、お静かに」

庄左ヱ門は相変わらず冷静だ。
俺は仕方なく、鉢屋に付き合って彦四郎たちを眺める。相変わらずふたりの視線は交わらない。けれど暫くすると、小さな動きが見えた。

「……?」

律子ちゃんがそわそわと挙動不審になり、きょろきょろと周囲を見回し始めた。
そして真剣な顔をしたかと思えば、彦四郎の顔を見て。それに気付いた彦四郎が振り向けば、それが想定外だったのかまた勢いよく顔を背ける。
気遣うように彦四郎が何かを言えば、暫くしてから今度は窺うようにそっと視線を合わせて、真っ赤なお顔でおそるおそるといった感じに口を開いた。
何かを聞いた彦四郎は途端に頬を染めて、それでも照れくさそうにはにかんで。ゆっくりと手を差し出せば、律子ちゃんがそっとそれを握って――

ちょっと、これは、なんていうか。

「うっわあ、なにあの子たち超可愛い!」
「だろう!お前も分かってくれると思っていた!」
「先輩方、お静かに」

手を繋ぐだけであんなに真っ赤になって、繋いだだけであんなに嬉しそうにするなんて!初々しいにもほどがある、というか、この感動と感情をどう言葉にしていいか分からない。あの辺だけ空気がほわほわきらきらして見える。
そうだなぁ、親馬鹿ってこんな心境なんじゃないだろうか。某先輩の気持ちが今理解できた。これは、うん、覗いてでも見るかもしれない。見守りたくもなるよ絶対。
自分がひどくにやけているのが分かる。こんなんじゃ鉢屋を馬鹿にできない。見れば鉢屋も手で顔を覆っているし、でも庄左ヱ門はすっごく冷静だし、ああ、こんな馬鹿な先輩たちでごめんね!





「何処からか鉢屋先輩と尾浜先輩の声がする気がする」
「う、うん、そうだね……探してみる?」
「うーん……先輩方には委員会でも会えるし、今は律子ともっと話がしたいな」
「彦くん……!」


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