トイレに行きたい女の子

我が家にいつもの六人が集まり、よくある飲み会が催されていた。狭くはないワンルームには机に乗りきらなかったチューハイの缶や酒瓶が転がり、勘右衛門が買い込んだつまみが次々封を切られ、酔い潰れた兵助が既にベッドを独占している。飲み会のテンションで脱ぐかとかイッキだとか兵助の顔に落書きしようかとか騒ぎあい笑いあい。隣からの苦情の壁ドンは角部屋であることともう一方が雷蔵の部屋であることから回避され(下の部屋には申し訳ないか)。
そんな最中のことだった。

「ちょっとトイレ借りるねー」

上機嫌な律子がふらふらと覚束ない足取りでトイレに向かう。しかし開かないのかがちゃがちゃとノブを回したり「おーい」なんて声を掛けたり。
誰か入っているのか、そういや八左ヱ門がいないな、と、飲み比べ中の雷蔵と勘右衛門、寝ている兵助と私だけの部屋を見回す。胃の中のものを戻してるのなら掃除が面倒だななどと考えているうちに、律子がヒートアップし始めた。さすがに気になって私も腰を上げる。

「どうしたんだ?」
「んー、なんか泣いてる」

鍵が掛かっているそこからは絶えず泣き声。ああそういや八左ヱ門は泣き上戸だったか。トイレに入ってからスイッチが入ったのだろうなと推測する。
しかしトイレに籠られたら厄介だ。酒を飲むと皆トイレが近くなるし、現に律子が困っている。「おい八左ヱ門、誰も虐めないから出てこーい」とりあえず声を掛けてみると、『一番信用なんねえよ』しゃくり泣きの合間に返ってきた。失敬な。
しかし困った。どうやって引っ張り出すか。岩屋戸から誘い出すように宴をしても、八左ヱ門はきっと更に塞ぎこむだけだろう。鍵を抉じ開けようにも鍵穴がない。ドアノブを外してどうにかするしかないか、ドライバーはどこに置いたかな。
とりあえず待っておけと律子に言おうとして、ダンッ、と大きな音に遮られた。

「いーから出てこい馬鹿!」

痺れを切らした律子がドンドンとドアを叩き出していた。その力が強すぎて、私は慌てて止める。壊されてはたまらない。トイレのドア無し生活は非常に困るし修理するにも費用が嵩むではないか!

「どうしたの?」

様子がおかしいことに気付いた雷蔵と勘右衛門もやってきて、廊下の人口密度が高くなる。律子の態度から事情を察した勘右衛門が八左ヱ門をからかいだして、八左ヱ門の泣き声が一層煩くなって、律子が更に苛立って、ああ悪循環。

「律子ちゃん、落ち着いて」

どうしたものかと頭を悩ます私に差し出されたのは、

「トイレなら僕の部屋のを使ってくれていいから、ね?」

雷蔵の、救いの手。
そうだ、何故気付かなかった私。雷蔵の家はすぐ隣じゃあないか!それで律子の問題は解決するわけで、ドアの心配もしなくていい。そんなことにも気付かないなんて、どうやら私も随分酔っていたらしい。
恩に着るぞ雷蔵。勘右衛門は戻って兵助の顔に落書きでもしてろ。私はぐいと律子の腕を引いた。

「ほら、雷蔵がこう言ってくれてるんだから行ってこい」
「いいや、ハチに一言言わないと気が収まらない!」

すぐに振り払われた。
なんだと……いや、一言言うのは構わないのだ。ちょっとうるさいが、まぁいいのだ。それはいいから、とにかく叩くのをやめてくれ!百歩譲って、叩くのならばもっとソフトに!

「律子ちゃん、トイレ行きたいんじゃ……」
「行きたい!けどっ、めそめそしてんじゃないわよハチ!『迷惑掛けてごめん』って、迷惑って分かってんなら出てきなさい!」
「あははははっ、ハチも律子ちゃんも面白いなぁ」
「笑うだけなら戻って飲んでろ勘右衛門!ああだから叩くなって、っ、くそ、八左ヱ門、ドアが壊れたら修理費はお前持ちだからな!」

私が叫ぶと泣き声が更に大きくなった。
泣きたいのはこっちの方だこの野郎。もうお前には二度とトイレ貸さないからな!


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