介抱したい女の子

……何故僕はこんなところにいるんだろう。
おしゃれな居酒屋のトイレの個室で僕は頭を抱えていた。つい先程まで合コンの席にいたのだけれど、あまりに慣れない状況につい逃げ出してきてしまったのだ。
ごめんよ留三郎、僕にはまだ早かったみたいだ。
大学生にもなって何を言っているんだと思われるかもしれないが、僕は女の子と話すのが苦手だった。理由としては、まあ、一言でいうなら不運のせいだ。ちょっと女の子と仲良くなっても、いつもいつも何かしらの不運が起こって遠ざかっていく。親しい女の子が出来るわけもなかった。
今回は彼女いない歴二十年の僕のために、親友の留三郎が合コンをセッティングしてくれた。僕も彼女を作るのは無理でも女の子と話せたらなぁと思ったんだけど、いざ顔を合わせると何を話していいのかも分からなかった。よく考えたら友達と話すときも話題を提供したことが殆どない。ごめんね留三郎、僕は思ってた以上に駄目人間だったよ。
そんなわけで、盛り上がる合コンから取り残された僕は居たたまれなくなってトイレに逃げ込んだ。ああでもずっとここにいるわけにもいかない。優しい留三郎が気にしてしまうかもしれない。戻らなきゃ。そして適当な理由をつけて帰ってしまおう。
個室から出て、手を洗う。鏡に写る僕はいつも以上に情けない顔をしていた。

「善法寺さん」

トイレから出ると、名前を呼ばれた。合コンの子のひとりだ。名前は、ええと、律子さんだっけ。彼女は心配そうな表情を浮かべていた。

「あの、大丈夫ですか?遅いから気分が悪いのかと……」
「え、ああ、大丈夫だよ。ちょっと……いや、気分が悪いのかも」
「ええっ?」

気分が優れないから帰る。口実としてはありふれている筈だ。そういうことにしようと僕が肯定すると、彼女はいっそう心配そうに慌て出した。あ、まずい、これは選択をミスったに違いない。

「た、大変、どうしよう、お開きにしてもらいますか?」
「い、いや、いいよ。えーと、僕は一人で帰れるから、皆で楽しんでもらってて」
「いえ、体調不良の人を一人で帰すような真似はできません。そうだ、私が一緒に帰りますから。荷物を取ってきますので、ここで待っててください」
「あ、ちょっと」

止める間もなく彼女は合コン会場のテーブルに戻っていった。彼女にも迷惑はかけたくなかったんだけど、心配をかけた時点で駄目だったらしい。せっかく楽しんでただろうに申し訳ないことをしたなぁ。
すぐに戻ってきた律子さんは僕の荷物もしっかり持ってきてくれた。「お金は食満さんが立て替えておくそうです」本当いい親友だよ留三郎。この恩はお金とはまた別に返すから。

「善法寺さんの家はどちらですか?」

店を出てそう問われ、僕は最寄りの駅を述べた。終電にはまだ時間はあるし、駅まで行けば一人で帰れる。そう続けると、律子さんは渋い顔をした。一人で帰すのは不安らしい。なんていい子、その優しさが今はめんど……いやいや心苦しいよ。

「本当は家までお送りたいのですが、そうすると電車がなくなりますし……」
「タクシーを使うのは学生には厳しいしね……」

わざわざ送ってもらうのも申し訳ないし、夜道は危ないから一人で帰すわけにはいかない。むしろ僕が彼女を送ってあげるべきじゃないか?
二人して頭を悩ませる。あ、そうだ、律子さんを家まで送って、それからタクシーに乗って帰る振りをしたらいいか。それで駅で降ろしてもらって電車で帰ろう。うん、きっとそれがいい。「ねえ、やっぱりさ」僕が口を開くと、言い終える前にパッと彼女が顔を上げた。

「そうだ!私の家この近くなんです。よかったらうちに泊まりませんか?」

それ、別の問題が発生してるよ?

疑問符がついていたのに彼女の中では決定だったらしく、僕の腕を支えるようにしながら引っ張っていく。「ちょっ、まっ」僕の抵抗は酔っ払いの行動として笑って流されてしまった。ちょっと、え、これどうするの?彼女いない歴二十年の僕には理解できないんだけど。
あれよあれよと律子さんの家に招き入れられ(ワンルームマンションの一室だった)ベッドを貸され(彼女は来客用の布団で寝るらしい)電気が消える。そのうち彼女の寝息が聞こえてきて、僕は考えるのを放棄して固く眼を瞑った。とりあえず問題だけは起こさないことを心に誓って。

明日になったら彼女の作った朝食を一緒に食べながら苦し紛れに出した医療の話で盛り上がり連絡先を交換することになることや、後日留三郎にお金を返すとき「お持ち帰りしたんだって?」と訊かれて話を聞き違えてるよと最初から全部を説明することになることや、近い将来なんやかんや律子さんといい感じになってお付き合いすることになることは、今の僕には知る由もないことである。


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