肉食女子と肉食男子と草食男子

目の前に仁王立ちしている暴君七松小平太先輩に、嫌な予感を覚えずにいられる後輩など律子以外にいる筈がない。私は肉食動物に捕食されるしかない草食動物の如く、息を潜めて気配を消そうと努めた。まぁ既に姿は見つかっているのだが、七松先輩のお気に入りたる律子がいるし、きっと彼女に用があるのだから効果は多少はある筈だ。そう、思いたい。

「律子、肉を食いにいくぞ!」
「わあっ、激安ですか食べ放題ですか時間以内に食べれたらタダですか!」
「食べ放題だ!」
「まだ七松先輩が出禁になってない食べ放題があったなんて!」
「最近見つけたんだ。ちょっと遠いけどな!」

本当に、まだあったなんて、だ。そしてその店は御愁傷様である。律子は肉しか食べないが量は然程多くない。しかし七松先輩は肉が好物で八左ヱ門以上に食う。七松先輩の手に掛かればきっと野菜しか残らないだろう。そうして出入り禁止になった店は山程あり、またその噂が広まり立ち入ったことのないまま禁止になった店もあるという。まったく恐ろしい話である。

「今日ですか?明日ですか?」
「明日だ!午後に実技が続けてあるからな!」
「お腹すかせて行く気満々ですね!これは出禁も確実……!」
「細かいことは気にするな!じゃあ明日また連絡する」
「了解です」

出入り禁止を細かいことと言い切る七松先輩は潔いといえば潔いのかもしれない。店が潰れないといいが、まぁ私が行くことはないから気にしないでおこう。
七松先輩が律子を誘うのは珍しいことじゃない。肉が好きな律子は、その誘いを断ったり嫌な顔をすることがないからだろう。よく嬉々として誘いに乗れるものだと律子に感心する。
迷いのない律子の返事に気をよくしたらしい七松先輩は、話が終わると「じゃあな!あ、鉢屋も!」言い残して走り去る。私は詰めていた息を大きく吐き出すと、巻き込まれなくてよかったと胸を撫で下ろした。八左ヱ門なら確実に巻き込まれていた、そして悪夢を見たことだろう。

「三郎も行きたい?」
「絶対に断る」
「だよねぇ」

けらけらと笑う律子に、私は溜め息しか出ない。今日の晩飯は私が作る予定だったが大いにやる気が削がれた。まだ授業のある雷蔵も晩飯は一緒に食べる筈だが、この話をすれば若干の手抜きは許されるだろう。頭の中で買い物リストを書き直すと、「でも、よかったー」律子が呑気そうに言う。

「……何がだ?」
「誘われたのが明日で。七松先輩が今日って言ってたら絶対に今日になってただろうけど、今日は三郎のご飯だもんね」

その言葉に、私は少し驚く。さすがの律子も七松先輩には逆らえないらしい。というか言い分も聞き入れられず引っ張られていくのか。何にせよ律子は私の料理を食べられないことを惜しいという。「留くんの料理の次に好き」と続けるが、食満先輩のすぐ下ということは、かなり上位ではないのか。

「ね、今日は何作るの?」
「……中華」
「酢豚?青椒肉絲?回鍋肉?」

頭の中の買い物リストを元々のものに戻しながら、私は相変わらず肉しか頭にない律子を笑う。安心しろ、最初から麻婆豆腐以外は肉もたんまり入れてやる予定だった。とは、言ってやるつもりもないが。

「ちゃんと野菜も食えよ」
「えー……」
「立花先輩や潮江先輩に知られたいのなら、話は別だが」
「それは困る」

明日は確実に肉しか食べないのだろう。だから今日は少し多めに食べさせておかねばなるまい。いつもは食満先輩や善法寺先輩の役割だが今晩の約束は私たちにあるし、私も一応、こいつのことは気にしているのだから。

「今日野菜を我慢して食った分、明日の肉は美味しく感じるんじゃないか?」
「そういうものかなぁ……」
「騙されたと思って試してみろ」
「……三郎がそう言うなら」

本当に騙されたと気付いたら、また適当にリクエストを聞いてやろう。それだけで機嫌を直すから律子は扱いやすい。私はそんなことを考えながら、律子が頷いたのを笑って見ていた。


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