肉食女子とオカン系男子×2

僕の幼馴染みはものすごく偏食家だ。
お肉しか食べたくないなんて言って、大学のために一人暮らしを始めた途端それを実行に移したくらい。もしかしたら一人暮らしは大学のためじゃなくてその食生活のためなのかもしれないというのは考えすぎだろうか。
一人暮らしを心配したご両親に、バランスよく食べてるか様子を見るように頼まれた。いい報告がしたくて試行錯誤しているけれど、僕は何一つ成功していないのが現状だ。最低限の栄養素も取ろうとしない彼女のために飲みやすい野菜ジュースを作っても逃げ出すし、最後の手段だと栄養サプリメントを飲ませても親の仇を見るような目で睨まれるし。彼女のためにやってることなのになんて報われないんだろう。

そんな律子は今日もまた、肉以外を殆ど残して「ごちそうさまでした」箸を置いた。

「まだこんなに残ってるじゃないか!」
「もう限界です」
「だめだめ、普段全然食べてないんだから今日くらいちゃんと食べないと!」

野菜炒めもピーマンの肉詰めも他にもいろんな料理があったのに、どれひとつとして完食されていないなんて勿体ない。作ってくれた人に失礼だろう、そう説教をする僕の肩を叩くのは、この場にひとりしかいない。

「まあそんなカリカリすんなって」
「留三郎……」

苦笑する留三郎は外したエプロンを僕の頭に乗せると、僕と律子の間に割って入るように腰を下ろした。そうすればパッと律子の顔が明るくなって、留三郎もそれに笑顔を向ける。なんだろう、僕が悪者みたいじゃないか。
ちなみにどうでもいいことだけどエプロンは律子のお母さんが律子のためにと買った薄いピンクのもので、しかし留三郎しか着てないと言っても過言じゃない筈だ。相変わらず似合わない。

「おっ、野菜もちゃんと食べたんだな、偉い偉い。肉団子の中に混ぜてたのも食えただろ?」
「うん。留くんのご飯、おいしいから」
「よーし、じゃあトマトもうひとつ食べれたらこの後の飲み会でウインナー茹でてやる」
「え、本当に?」
「ああ。小平太にも取られないようにしてやるからな。お前の好きなマスタードソースもつけるぞ」
「食べるっ!」

留三郎に頭を撫でられる律子は瑞々しげなトマトを手に取ると「これはケチャップこれはケチャップ……」自分に暗示を掛けるようにぶつぶつ呟いてかぶりついた。肉と一緒じゃなきゃ食べようとしない律子がこんなに言うことを聞くのは留三郎にだけだ。

「……留三郎が甘やかすから」
「いやぁ、可愛いからつい」

黙々と涙目になりながらも食べ進める律子を留三郎は撫で続ける。ものすごく笑顔でなんだか心配になるけど、栄養を摂らせているのは殆ど留三郎だから僕に止めることはできない。
甘やかしているとは言うけど、留三郎だってそればかりじゃない。こうやってたまに無理強いをして、でも律子は応えようとする。僕だって律子のことを考えてるのにこの違いは何なんだろう。同じ幼馴染みなのに何が違うんだろう。

「やっぱり料理の腕前かな……」

餌付けとしか思えない。僕にも料理の腕があればよかったんだろうか。でも僕は料理をすれば大抵不運に見舞われて失敗する。あまり失敗のない薬膳料理は一口も食べないし、自信のある野菜ジュースも全然飲んでもらえない。だからと言って野菜ジュースに肉を混ぜたりしたら今後口を利いてくれることすらなくなるだろう。
それはさすがに嫌だけど、このままじゃご両親に顔向けできない。律子の幼馴染みとして出来ることは、僕にはないんだろうか。

「ごちそうさま。あれ、伊作くんどうしたの?」
「……律子、たまには伊作の野菜ジュースも飲んでやれよ」
「うーん……留くんのメンチカツサンドと一緒なら」

首を傾げる律子に留三郎が苦笑しているなんて気付かないまま頭を悩ます。
数日後メンチカツサンドに流し込まれる野菜ジュースに、これは何か違うだろうと再び悩むことになることを、僕はまだ知らない。


×
- ナノ -