肉食女子と大食男子と豆腐男子

律子は本当に肉しか食わない。肉以外のものを食ってるところを見たことがない。律子の用意した肉しかない鍋にはさすがに引いた。こんな律子によく野菜を食わせているなと彼女の幼馴染みである先輩方を尊敬したのは一度や二度じゃない。
それでも俺たちが律子と友人関係を続けていけるのは、もう一人ものすごく偏食の奴がいるってのが大きいだろう。
久々知兵助。誰が呼んだか豆腐小僧とは奴のことだ。
とはいえ俺はその全ては知らない。せいぜい学食の豆腐定食や冷奴ばかり食っているところしか見たことがない。けれど兵助が本領を発揮するのは、自ら腕を振るう豆腐料理、らしい。
兵助の豆腐好きには困ったもんだとは、勘右衛門や三郎の談。よく豆腐料理を食わされているらしい勘右衛門と、それに巻き込まれる三郎だ。このふたりだけじゃ大袈裟に言ってるだけだろうと済ませただろうが、更に付き合わされる心優しい雷蔵さえ苦笑させるほどというのだから、未だ食ったことのない俺には底が知れない。
だから、律子の家を訪れたときには本当に驚いた。開いた口が塞がらないとはこのことか。

「ハチ、助けてぇえ」

泣きそうな律子の後ろ、テーブルの上には隙間もないほど豆腐料理がずらり。
なるほどこれは困ったもんだ。兵助、とりあえず料理する手を一旦止めてやってくれ。



最初は鍋でもしようかという話だった。その誘いのメールは俺も貰っていたから知ってる。でも、三郎と雷蔵と勘右衛門が来れなくて、俺も遅れるということで、鍋より別のものがいいかなという話になったらしい。
そこから色々あって、台所に立った兵助が次々と豆腐料理を作り上げていった、と。その色々のところを説明してほしかったけど、聞いたら聞いたで長くなりそうだから、まあいいか。

「律子が肉しか食わないのは兵助も知ってるだろー」
「大豆は畑の肉っていうし、豆腐もいけるかなって」
「だからってやりすぎだ」
「豆は豆だし豆腐は豆腐だよ……」

いつもはしっかりしている兵助だけど、豆腐のこととなると本当に歯止めが利かなくなると皆が言っていた。それを分かってて台所に立つのを許可したのは律子らしいから、まあ、多少は自業自得の面もあるだろう。
しゅんとして反省の色を見せる兵助に律子もあまり責める気になれなかったようで、困ったように俺を見た。ふたりとも反省してるなら何かを言う必要もない。

「今日はこれくらいにして、メシにしようぜ」

次からは気を付けような。しっかりと兵助が頷くのを確認して、律子にもそれでいいよなと頷かせる。
昼飯から何も食ってないから腹もペコペコだ。さっきからうまそうな匂いが気になって仕方がない。兵助の作った料理は正直多すぎるけど、なんとか俺と兵助で食べきれないことはないだろう。

「おほー、うまそう!律子も食えるとこだけでも食べろよー」
「うん」

肉豆腐の肉なんかは食べれるだろうし、と振れば、申し訳なさそうにしていた律子は固いながらも笑顔で頷いた。
人数分の箸や取り皿なんかを用意して、ぎくしゃくしつつも三人でテーブルを囲み「いただきまぁす」律子の言葉で箸を伸ばす。

「うまっ!」

うまい。豆腐小僧というだけあってか、兵助が作った豆腐料理はとにかくうまかった。俺があまりにうまいうまいと連呼していたせいか兵助が苦笑いを浮かべる。しゅんとしてるよりはそっちの方がいいから、文句を言うのはやめておいた。

「あの、兵助」

もそもそと料理をつついていた律子が、意を決したように顔を上げる。律子にはまだ気まずそうな兵助に、律子は箸でひとつの皿を指す。

「豆腐ハンバーグ、美味しいよ」

曇りない笑顔のそれは本音だったから、それを聞いた兵助が嬉しそうにはにかんだから。
律子に行儀が悪いだろーとつっこむのはもう少し後にしようと、俺は麻婆豆腐を掻き込んだ。


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