肉食女子と雑食男子

律子ちゃんはよくご飯に誘ってくれて、招き入れられるのも彼女の部屋だけど、作るのは大体三郎の役割だ。律子ちゃんが作ると殆ど肉になってしまうから、と三郎は言う。確かにカレーをご馳走になったときはお肉ばっかりで野菜は殆ど入ってなかった気がするし、肉じゃがをご馳走になったときもじゃがいもはほんのちょっとだった気がする。肉が好きじゃない三郎は、あまり律子ちゃんに料理を任せたくないみたいだ。
僕は別に気にしないんだけどなぁ、とは三郎には言えない。僕は料理が苦手で、冷蔵庫にあるものを適当に焼いたり煮込んだりするからよく失敗する。腐りかけた野菜を炒めていたときに泣いて止められたこともあり、そんな僕を見兼ねてご飯を作ってくれるようになったのも最近のことじゃなかった。それだけ優しい三郎は、栄養面にもすごく気を遣う。肉ばかりという健康にあまり良くなさそうな食事は許せないんだろう。いつもメニューを考えるのが大変そうな三郎に、肉ばかりでもいいなんて言ったらまた泣くかもしれない。

三郎のことはともかく、何故こんなことを言い出したかというと、今日もまた律子ちゃんに誘われたからだった。

「雷蔵、雷蔵、今日うちで一緒にご飯食べない?」
「うん、いいけど……他の皆は?」
「今日は雷蔵しか誘ってないし、誘うつもりもないよ」
「どうして?」

大学でばったり会った律子ちゃんは、挨拶もそこそこに誘いの言葉をくれた。今日はバイトも何もない筈だったからすぐに頷いたけれど、疑問が残る。
普段は皆に一斉送信するように、メールでの連絡が殆どだ。しかも誰かひとりだけを誘うのって、僕の知る限りでははじめてのこと。皆の都合上ふたりだけになることは今までにもあったけど、それとは何か違うと思う。何が、とはうまく言葉にならなかったけど。
僕が理由を問えば、「だって」律子ちゃんは不機嫌そうな顔をした。それだけで何となく理由が読める。彼女が不機嫌になるのは殆どがご飯に関することだ。

「皆、雷蔵以外は野菜も食べろとか言うんだもん。そりゃあ、三郎が作ったご飯はすごく美味しいけど、たまにはお肉をがっつり食べたい」

誤解のないよう一応説明しておくと、三郎が作った料理でも律子ちゃんの分は九割以上は肉だ。つまり、彼女の言う『がっつり』はオール肉ということ。肉を美味しくすること以外に他の食材を求めない律子ちゃんらしい不満に、僕は苦笑を零した。
どうしても食べたいなら他の誰をも誘わなければいい話なのに。それなら邪魔もされずに好きなだけ肉が食べられる。それでも誰かと食事を共にしたがる律子ちゃんのことを、僕らは悪く思ってなかったしどうにも放っておけなかった。

「いいよ、三郎たちには内緒だね」
「うん!」

僕が悩むことなく頷くと、律子ちゃんは表情を明るくして笑顔を見せてくれる。その笑顔に安心してしまう僕がいて、同時に三郎たちに対してほんの少し申し訳なくなってしまった。
三郎たちは律子ちゃんのためを考えてなるべく甘やかさないようにしてるけれど、僕にはそれが出来そうにない。彼女に悲しい顔をさせたくないと思ってしまう僕は三郎たちのように優しくはないんだろう。
それを自覚してるくせに、僕は律子ちゃんの笑顔を優先させる。いつもご飯を作ってくれる三郎や彼女のことを考える先輩には悪いなぁと思っても、断るという選択肢を作って悩むことはなかった。

「ありがとう、雷蔵!」

だって僕は、きっと律子ちゃんの笑顔が好きだから。
……でも、後でバレたとき、先輩たちに怒られることも覚悟しておかないとなぁ。


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