肉食女子と草食男子

律子は肉が好きだ。勿論、食べることがである。牛肉、豚肉、鶏肉、何だって食べる。逆に、肉以外はほとんど食べない。肉と一緒にしないと食べないし、それでも肉以外接種しようとしないくらい食べない。誰が呼んだか肉食女子。敵は魚肉ソーセージらしい。敵って何だ。

「鍋食べたいから暇な人集合!」

友人との食事や大勢で食卓を囲むことが好きな奴なので、こんなメールが一斉送信されるのはよくあること。しかし、いつでも注意は必要だ。
鍋ならば何鍋か、どんな具材が用意されているのかなどといった確認を怠ってはならない。具材は準備してるからと言われ、手ぶらで行ったら肉しかなかった、なんてことも有り得る。というか、既に八左ヱ門が体験済みである。

「三郎、律子ちゃんからメール来た?」
「ああ。雷蔵はどうするんだ?」
「そうだなぁ」

雷蔵に聞き返しながら、私の今晩の予定を思い出す。さて、今日はアルバイトか、誰かと約束はあっただろうか。



律子が肉食女子だとすると、私は草食男子だろう。菜食主義者というほどではないが、肉はあまり好きでない。律子や雷蔵に付き合って焼き肉を食いに行っても、サラダや焼き野菜ばかり食べている程度には、好きでない。
よって律子の用意する鍋は地獄である。八左ヱ門が写メで送ってきた、肉しかないあの鍋は。あんなので美味いのか逆に気になると誰かが言ったが、それで喜ぶのは七松先輩か律子かくらいだ。
だが、律子との鍋は嫌いじゃない。律子に用意させなければ、私は好きなだけ野菜を食べられるからだ。律子が私の狙う野菜を取るわけがない。
今日は他の面子は来れないようだし、好きなだけ煮込んでやろう。しゃきしゃきと歯応えがあるのもいいが、くたくたになったのも好きだ。

「いらっしゃい三郎」
「邪魔するぞ。土産のサラミだ、これでも食って鍋の用意ができるまで大人しくしていろ」
「わっ、ありがとう!」

誰かの家で食べるとき、大体は言い出した奴の家が会場になる。その殆どは律子か勘右衛門なのだが、今日は当然律子の家だった。
白菜やら葱やらの入ったスーパーのレジ袋の一番上に乗っていたサラミを投げ渡せば、律子は途端に目を輝かせる。まるで犬。投げたらうまくキャッチするんじゃないだろうか。今度試してみよう。
勝手知ったる台所に買ってきた野菜を並べ、私は鍋の準備を始める。「用意くらい私がするのにー」お前に任せると肉一色だろうと突っ込むのも面倒で、「じゃあカセットコンロでも用意しとけ」体よく追い払った。

「今日はキムチ鍋にするんだったよな」
「うん。冷蔵庫にキムチ鍋の素入ってる」
「了解」
「お肉も冷蔵庫にあるからね」
「知ってる」

ほとんど肉しか入っていないことも、知っている。
いつもならだしから作るが、雷蔵もいないし今日は手を抜いてもいいだろう。野菜を投入して暫く煮て、適当なところで鶏肉から入れていく。灰汁を取り除き、ふたりで囲むには多いくらいの肉がある程度煮えたところで、律子の待つテーブルへ鍋を運んだ。カセットコンロの上に乗せると律子が火をつける。ぐつぐつと赤く煮え立つ鍋に、律子は再び目を輝かせた。

「美味しそう!」
「素があれば誰でも作れる。っていうかお前は肉があれば何でも美味そうなんだろ」
「そんなことないよ。こないだ伊作くんが白滝をお肉の横に置いちゃってさ。折角のお肉が固くなって美味しさ半減だったよ」
「……そうかよ」

基準がやっぱり肉なのは、もう突っ込むまい。律子と幼なじみであり肉に振り回されているのだろう善法寺先輩に若干同情しながら(だが肉と白滝は隣り合わせにしてはいけないと私も思う)、取り皿に煮えた具材を取る。肉ばかりをよそう律子に、「野菜も食えよ」一応程度に告げておいたが、聞くことはないだろう。

「いただきますっ」
「いただきます」

手を合わせて、後は食い尽くすだけだ。明らかに肉の割合が大きいキムチ鍋。後で投入するつもりの肉も、きっと余ることはないだろう。

「美味しーい」

鍋とはいえ作った者からすれば、よく食べる奴は見ていて気持ちがいい。美味そうに食べる奴は尚更いい。
だから律子との飯は、嫌いじゃない。


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