食満がベタな展開を回避しようとする話 無意識にベタな展開を引き起こす“お約束体質”のくのたま五年夢主と、夢主とのベタな展開を回避しようとする食満の話。食満夢。 急いでいて夢主と角でぶつかった食満が、夢主との王道なラブストーリーを回避しようとしつつ夢主が立てる死亡フラグやなんやを折っていく。 夢主は伊作と幼馴染み。伊作は夢主が悪い男と恋愛フラグを立てないように今まで頑張ってきたが、食満とのフラグが立ってしまい『留三郎ならいいだろうか』と悶々としてる。夢主に恋愛感情は抱いてないが長年幼馴染みなので兄心はある。 書いてみた夢主と食満の出会い↓ あとちょっと増えた↓ -------------------- (一) そのくのたまと出会ったのは、何でもない一日の朝だった。 「きゃあ!」 「うわっ」 食堂への道すがら、ちょうど角を曲がるところでぶつかった。そのくのたまだけ尻餅をついたのは、走ってた勢いと体格差だろう。 走る足音にも気付かないくらい注意が散漫していたことを恥じつつ「すまん、大丈夫か」手を差しのべる。その手を取って立ち上がったくのたまは申し訳なさそうに眉尻を下げていた。 「ごめんなさい、急いでて」 「いや、こっちこそ」 「すみません、失礼します」 そうしてまたくのたまは走り出す。また誰かにぶつからなきゃいいがと思いながら俺も目的地に向かおうとして、踏み出した足にこつんと何かがぶつかった。 筆だ。 さっきのくのたまが落としたんだろうか。既に姿が見えなくなった彼女を追うのは難しいから、後で他のくのたまにでも渡しておこう。見た感じ上級生だし、くのたまは数が少ないからなんとかなるだろう。 筆を懐にしまって食堂へ向かう。さて、今日の定食は何だろうか。 (二) 「留三郎」 「伊作、帰ってたのか」 食堂から長屋に戻ると、先日忍務を任された同室の善法寺伊作の姿があった。明け方に帰り穴に落ち学園長先生に報告を済ませ、風呂に入って穴に落ちてきたばかりらしい。今日の授業は休むのだろう、寝間着姿だった。 衝立の向こうで布団の上に正座している伊作は、真剣な目で俺を見据える。はてどうしたのか、いつもの柔和な笑顔はない。 「君、今朝優と会っただろう」 「優?」 「くのたま五年生の!」 「くのたま……もしかして、角でぶつかった子か?」 「ぶつかった?!」 最悪だ!そう声を荒げる伊作に、俺は意味が分からず首を傾げる。ぶつかったくらいで何をそんなに取り乱す必要があるのか。 まぁ知り合いなのは確かだろうと、懐から筆を取り出した。 「これ、ぶつかったときに落としたみたいでな。後で返してやってくれ」 「落とし物まで!そんなの落としたままにしてくれればよかったんだよ!」 「は?」 人の良い伊作らしからぬ言葉だ。もしやこいつ五年ろ組の鉢屋三郎の変装か?いや、鉢屋は不破と共に食堂に居た筈だ。 尚も伊作?は声を荒げる。 「ああもう、四年間守り通したのに!よりにもよって忍務中に……これも不運が為せる業なのか……」 「お、おい、伊作。話が全く見えんのだが……」 「……そうだね。君には話しておくよ。もう君も無関係ではいられないのだから」 ふっと笑う伊作は何処か暗い。ひとつも話が見えない俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。 授業には間に合うだろうか。 (三) 「優は僕の幼馴染みなんだ。ひとつ年下で、よく遊んであげた。あと助けてくれた。いつも僕の後を着いてきてね、昔はよく大きくなったら伊作くんのお嫁さんになるなんて言って、可愛かったなぁ……」 「すまん、伊作。授業に遅れるから手短に話してくれ」 「そうだった。思い出に浸ってる場合じゃないよ!」 何故俺が怒鳴られているんだ。理不尽な。 すーはーと深呼吸を繰り返し、落ち着いたらしい伊作が顔を上げる。 「僕が不運体質であるように、優にも変わった体質があるんだ」 「変わった体質……?」 「そう。それはベタな展開ばかり引き起こす――お約束体質!」 ババーン!なんて効果音が聞こえてきそうな、やけに演技がかった話し方だった。 しかしお約束体質と言われてもピンとこない。一年は組をはじめこの学園、この世界にはお約束が溢れている。 俺の言いたいことが分かったのか、伊作は頷いて続けた。 「例えばこの世界なら、道に倒れてる人に話し掛けたら面倒なことに巻き込まれる、っていうのがあるよね。でもそれだけじゃない。少年漫画の主人公がピンチに陥ったら都合よく新たな力に目覚めるように。推理小説で『殺人犯と一緒にいられるか!俺は自分の部屋に戻るぜ!』と単独行動した男が殺されるように。優とその周りはいつもお約束で溢れているんだ」 この時代に漫画なんてないけどな。 しかし恐らく大変な体質だということは何となく理解した。どの程度大変なのかは直接目の当たりにしない限り分かりそうにないが。 「そして君は『急いでいるときに曲がり角でぶつかる』というお約束をしてしまった」 「そのお約束って……」 「少女漫画のお約束、運命の出逢いだ」 なるほど、学校に遅刻しそうだとかの、あれだな。それは確かにベタだ。 しかし伊作の言うことが本当ならば、自分はどうにも面倒な事態に陥っているらしい。 (四) そろそろ教室に向かわなければ。そう思うがなかなか部屋を出れないのは伊作の話が途切れないからだ。今の様子は怪我を放置していたのが見つかったときに似ている。延々と説教を続け、言い訳をしようとすれば傷口に消毒液をぶっかけるあの怒り様に。 怪我の放置と違い、こちらに非はない筈なのだが。 「今まで恋愛系のお約束は僕が未然に防いでいたんだ。先回りして人払いしたり、持ち前の不運で邪魔をしたり。勿論僕自身も恋愛対象にならないように、幼い頃のお嫁さん発言も絶対に約束はしなかった。可愛かったけど、ぐっと我慢した」 「徹底してたんだな……」 「優の旦那になる人は、僕がきちんと見極める約束だから」 優のご両親とのね。伊作はそう付け足す。 なるほど事情は何となく分からないでもないが、じゃあ俺は一体どうしろというのか。時間もないのでそう直球で訊けば、伊作はひとつ頷いて答えた。 「僕の研究によれば、運命の出逢いは運命的な再会によってはじめて効果を発揮する。だから、優に近付かないで。もしくは優と恋仲になって」 「両極端じゃねぇか」 「僕は優に幸せになって欲しいんだ。留三郎なら、その点は心配いらないよね。君と運命的な再会をしたら、きっと彼女は君に惚れる。そうなったとき、僕は彼女を応援するよ。……君の意志なんか、関係なく」 それは最悪、幻覚を見せたり暗示を掛けたりといった手段も厭わない、という意味だろう。 同室で親友の言葉が冗談かそうでないかくらい判断がつく俺は、頷くしかできなかった。 ← ×
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