大学生鉢屋とぷに子さん

現パロ大学生な三郎が先輩夢主を「ぷに子先輩」と呼んで慕う話。
三郎と夢主は同じサークルの先輩後輩。夢主にすぐに懐いた三郎が構って欲しがったり夢主をからかったりぷに子先輩と呼んで嫌がられたり怒られたりしながら日常を過ごす。
「ぷに子先輩」は肌がぷにぷにしてるからと三郎が勝手に呼びはじめた。若干体型を気にしている夢主には不本意である。

雷蔵視点で三郎が夢主を好きになってからの話↓



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「もう一週間も会っていない」

誰に、なんて訊いてあげる奴は僕らの中にはいなかった。ついでに言うならこのラウンジには僕らしかいないから、訊いてあげる奴は誰もいなかった。
僕らが訊かないのは興味がないわけでなく、誰かなんて分かりきっているからだ。三郎がたかだか一週間会っていないだけでこうも落ち込む相手は一人しかいない。僕らの所属するサークルの先輩、ぷに子さんこと優先輩だ。
そうか一週間か、と無意味にシャーペンをノックして芯を出し入れながら考える。三郎が優先輩と出会ってからそれだけ会わなかったのはサークルの入部から新歓コンパまでの二週間以来かもしれない。ちなみに入部時が初対面だ。うん、頻度高いな。どれだけ優先輩大好きなんだ三郎は。

「雷蔵、お前にまで無視されると私は堪えきれない」
「なら素直に話を聞いてくれと言えばいいじゃないか」
「話を聞いてくれ」
「うん、どうしたの?」

兵助には甘いと言われるけれど、あんまり相手にしなくても三郎が落ち込むから僕は顔をあげてシャーペンを置いた。今書いているレポートは期限がまだまだ先のものだし、時間には余裕があるから大丈夫だろう。最悪の場合は三郎に手伝ってもらえば何とかなる筈だ。

「一週間。優さんに会わないまま一週間が過ぎたんだ」
「うん、そうだね。まあ毎日会いに行っていた頃の方が異常だったと思うけどね」
「あの頃は誰より親しい後輩になることに必死だったからな。まあ、それについては後悔していないし、今でも毎日会いたいくらいだ。それで、話の続きだが、優さんに会いたい。なら会いに行けばいいと思うだろう?何故会いに行かないんだと、なあ雷蔵、訊いてくれないか?」
「うん、そうだろうね。どうして会いに行かないんだい?」
「優さんが寂しがってくれることを期待しているんだ」
「気持ち悪いな」
「こら兵助、本当のことでも言っちゃいけないことはあるでしょ」
「勘右衛門、諌めるふりして追撃してやるなよ」

沈んだままの三郎には兵助たちの声は聞こえていないらしい。もしくは反応する元気もないか。僕まで同調してしまったらどん底まで落ち込むだろうから、僕も聞こえない振りをした。
でも、あの優先輩が三郎に会えないくらいで寂しがるかな。三郎の構ってちゃん振りは端から見ててうざいくらいだし、優先輩もそう思っているかもしれない。サークルでの集まりでだって同回生と話してることの方が多い。後輩では一番と言っても、優先輩の中での三郎の順位はそう高くない筈だ。

「分かってるんだ。優さんは私のことをそういう風には思っていないと。それでも、ちょっとだけでも気にしてくれるなら、私はきっと幸せで死ねるに違いない。死なないけど」

死なないなら言うなよ!ハチのツッコミはやっぱり聞こえない振りをする。
これで優先輩に会ったとき何でもないような顔をされたらもっと深く落ち込むんだろう。面倒くさい性格にはもう慣れた。そのときの為に、家に常備してるお酒を増やしておかないと。絡み酒は面倒だから、さっさと酔い潰すに限る。
かちゃり、とドアが開く音。殆どの講義が終わっているこの時間、このラウンジに来る人は少なくて、ついそっちに注目してしまう。と、あれ、見慣れた姿が。

「あ、やっぱり鉢屋だ。雷蔵もハチも兵助も勘ちゃんも、お揃いだね。皆も課題?」
「ぷ、ぷに子先輩?!」

噂をすれば影って奴か。がばっと身を起こした三郎が振り返る。「お、お久し振りです」その一言を言うのにすごく慌てていて、勘右衛門とハチが肩を震わせて笑いを堪えていた。

「うん、久しぶり。鉢屋と雷蔵は一週間ぶりかな?他は十日くらいだっけ」
「それくらいっすねー」
「サークル行かないとなかなか会えないですしね」

ハチや勘右衛門に兵助も同調する。優先輩に会うのはサークル活動か三郎についていくときくらいで、その三郎が会いに行かなかったからなかなか機会がなかった。こんな風に偶然会うことなんて、本当に珍しい。レポートの提出か何かだろうか。
こつこつと足音を響かせて近付いてきた優先輩の腕を、ぐいぐいと三郎が引っ張る。相手をしてほしい駄々っ子にしか見えないし、その中身も見たまんまだ。

「ぷに子先輩、ぷに子先輩」
「んー?」
「私に会えなくて寂しかったでしょう?」
「んー……そうだね、寂しかったかな」
「え」

ふざけた調子で訊いた三郎は、内心笑い飛ばされないかと怯えていたに違いない。冗談で済ませられるように予防線を張るくらいなら聞かなきゃいいのに。
けれど優先輩は頷いた。三郎は驚いたし、僕やハチたちも驚いた。今までなら冗談には冗談で返すか、はいはいと聞き流すかだったのに。

「レポート書かなきゃいけなくて部室にも行けなかったからね。サークルの人には誰も会わなかったし、いや、留は授業何個か一緒だったけど、まあ、サークル外の友達も少ないから。前までは君らが来てくれて、意外と楽しかったしね」
「……ぷに子先輩がそこまで言うなら仕方ありませんね!明日からはちゃんと会いに行ってあげますよ」
「え、いや、別にそんなつもりで言ったわけじゃ……っていうか修羅場終わったから部室も行けるんだけど」
「なのでジュース奢ってください。コーヒーでいいです」
「そういう心積もりか!」

レポートで忙しかったなら、会いに行かなくてよかったかもしれない。三郎や僕たちが行ったら必ず相手をしてくれるし、邪魔にしかならなかっただろう。それでもそう言ってくれた優先輩は、三郎のテンションがいつもより高いことに気付いているのかいないのか。「……まあ、たまにはいいか」三郎の頭を撫でながら微笑み、僕らの方を向いて小首を傾げた。

「皆もね。何飲みたい?」
「俺、豆乳がいいです」
「緑茶お願いしまーす」
「百パーオレンジで!」
「えっと、僕は……うーん……」

自販機に何があったっけ、そう考え始めたけど豆乳は購買部に行かないと売ってないから、そうなると、ええと、ううんと。「雷蔵の迷い癖は相変わらずだね」優先輩の言葉に、早く決めなくちゃと焦って頭の中が余計にこんがらがる。ああもう、こうなったら。
顔を上げる。見た先は三郎、ああこら優先輩をつついちゃ駄目、じゃなくて。

「ねえ、三郎、選んで来てくれないか」
「え?」
「三郎なら僕の好きそうなの分かるだろう?優先輩を待たせるのも悪いしさ」
「っ……わ、分かった。行きましょう、ぷに子先輩」
「え、うん」

がたがたと落ち着きなく机を離れる三郎は、喜びを隠しきれていない顔を見せないようにしながら優先輩の手首を掴む。そこは手を握れよ、と兵助が小さく呟いた。「じゃ、行ってくる」そのまま引っ張ってドアへと向かうもんだから、優先輩はついていくのに大変そうだ。行ってらっしゃい、と勘右衛門が手を振れば、三郎の代わりに優先輩が振り返す。そのままするりと出ていった。
その後でも、豆乳なら購買行かなきゃいけませんね、なんて三郎の弾む声が聞こえてきて、残った僕らは顔を見合わせて苦笑するしかない。

「尻尾あったらぶんぶん振ってるんだろうな」
「相当嬉しかったんだろうね」

ハチの言葉に僕も同意する。兵助も「作ってみるか、取り付けた奴の心情に合わせて動く尻尾」なんて笑って、勘ちゃんがそれに乗るもんだからそのうち本当に作りだしそうだ。細かいデータが必要になるときには是非強力しようと、僕もハチも顔を見合わせて頷きあった。
さて、三郎と優先輩が戻るまで暫くかかるだろう。僕らは書きかけのレポートと筆記用具を鞄にしまいこみ、のんびりと話せる態勢を整えた。
僕らだって優先輩の後輩なんだ、構ってもらおう。久しぶりに会ったのは皆同じ、今日は三郎に遠慮なんてしてやらない。


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