八百屋の息子の三郎くん

実家は野菜売りな鉢屋三郎と、三郎が忍者のたまごと知らない夢主の話。
三郎が実家の手伝いしてたときにおつかい中の夢主と出会い、二人が仲良くなったりどきどきしたりする。休みはまだかと溜め息吐く三郎に、五年がからかったりにやにやしたりもする。
夢主は三郎が長期間家にいないのを不思議に思ったり寂しく思ったりする。
そんなふたりの話。

↓書いてみた三郎。夢主出番なし。



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鉢屋三郎は天才である。五年生にして武道大会で優勝経験を持つ実力者であり、変装の腕は六年生をも上回る。「千の顔を持つ」と言われ、その素顔を知るものはいない。
そんな彼の出自に関しては様々な憶測が立てられている。忍の里の出身だとか、超一流忍者の家系だとか、実は妖怪だとか。けれどその真実を知るものは殆ど居らず、噂だけが増え続けていた。

「実際のところ、どうなんだろう」

誰が切り出したのかは分からないが、ある日三郎に関する噂が一年は組の話題に上った。ああでもないこうでもないと、ときに真剣に、ときにきゃらきゃらと笑いあいながら予想を立てていく。
答えの見えない彼らの会話はまとまりがない。話が大きく脱線しそうになったとき、三郎が通りかかったのははたして偶然か。楽しいことが好きで後輩好きな彼が「何をしているんだい」と声をかければ、瞬く間に十一人に囲まれた。
全員がそれぞれ喋りだすものだから何を言っているのか。困惑しながらも土井先生の顔を貼り付けた三郎は、幾重に重なる吹き出しから庄左ヱ門の疑問を見つけ出すと、ああと笑って顔を普段の雷蔵のものへと戻した。

「私の実家は野菜売りだよ」

そう告げる笑顔は雷蔵そっくりで、十一人の一年生は雷蔵の振りをしているのだなと判断した。やっぱり素顔だけでなく、生まれも家族も秘密なのだと。



一年生と別れた三郎が次に見つけたのは、級友の不破雷蔵だった。何かに悩んでいる様子の彼にしょうがないなぁと苦笑して、近寄ってみれば雷蔵が顔を上げた。
「どうしたんだい三郎」その言葉を発したのは雷蔵で、一歩遅かった三郎は開きかけた口で「えーと」意味のない音を零す。それはこっちの台詞だよとの言葉は飲み込んだ。雷蔵の表情に心配が浮かんでいるものだから、大したことじゃないんだと話してしまった方が早いし安心させられるだろうと判断して。

「そんな難しい顔をして、何かあったの?」
「さっき一年生に実家について聞かれたんだが、どうも信じてもらえなかったみたいなんだ。いつものことだよ」
「ああ……」

なるほど、と雷蔵は遠い目をして頷く。確かにいつものことだった。三郎が出自を信じてもらえないことも、その度雷蔵の実家が野菜売りなのかと思われるのも。
三郎はあまり秘密を持たない。自分に関することで秘密にしているものなど、素顔くらいのものである。素顔を隠すのも、一年生の授業で凄い凄いと褒められて、調子に乗って四六時中変装を続けた結果だった。今では暴こうとする後輩が面白くて隠しているだけで、町に帰れば素顔で御近所に挨拶もする。
けれど、周りはそうは思わない。何を期待されているのか三郎には分からないが、二年生も三年生も四年生も六年生も、同級生の五年生にだって真実を言っても信じない者はいる。一年生が信じないのも仕方ないだろう。

「まあ、仕方ないか。雷蔵にはすまないが」
「いいよ、こればっかりはね」
「それで、雷蔵は何を悩んでいたんだ?」

三郎には黙っていたが、雷蔵も三郎の実家に招待されるまでは信じていなかった。その負い目もある雷蔵は迷惑どころか申し訳なさそうに肩を竦める。
そうとは知らない三郎は雷蔵の言葉にぱっと表情を明るくして、これで自分の話は終いだと雷蔵の話を促す。雷蔵は彼の笑顔にまだ寂寥が滲んでいると気付きながらも、「それがさ」あまり触れては泥沼だろうと自分の迷いを話すことにした。


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