少女Αの一歩

かちり。図書室の鍵を掛ける。これを職員室に返せば今日の当番は終了だ。
夕焼けに染まる廊下をのんびりとした足取りで歩く。静かだ。遠くからはまだ練習中なのか、何処かの部活の掛け声が聞こえてくる。
食満先輩も部活動の最中だろうか。それともとっくに帰ってるかもしれない。そういえば食満先輩が何の部活に入っているか知らない。入っていたとして、もう引退したのかも。今度会ったときに聞いてもいいだろうか。明日も会えるといいな。そこまで考えて、頬が緩んでいるのに気が付いた。私はよっぽど顔に出やすいらしい。
昼休憩が終わったときにも、友人に幸せそうな顔をしていると言われた。食満先輩に会えたんでしょうと指摘した彼女が鋭いのか私が分かりやすいのか、多分後者だろう。

職員室は中館の二階にある。職員室横の階段を降りればすぐ下足場だ。全学年分の下駄箱がそこにずらりと並んでいる。
まず職員室に入って、鍵を返却。ちょっとばかり担任の先生と話をしてから「失礼しました」職員室を出た。
下手くそな鼻歌を歌いながら階段をゆっくりと降りる。この階段はよく保健委員が滑って落ちているから気を付けなければいけない。いや、保健委員会は何処の階段でも何故か滑り落ちるのだけれど。不思議だな、なんて適当に考えながら踊り場でくるりと半回転。

「飛鳥井」

階段を降りきったところで名前を呼ばれた。聞き間違えることはないその声に、私はすぐに振り返る。勢いがよすぎたのか少し首が痛かった。けれどそれどころじゃない。

「食満、先輩」

どうして、ここに。予想もしてなかったことに私は狼狽え、鼻歌を聞かれなかっただろうかなんてどうでもいいことが気になった。
食満先輩は私の動揺なんて気付いていないのか、「よっ」片手を上げて挨拶をくれる。慌ててお辞儀を返したけれど、本当、どうしてここに。そればっかりが頭を占領していた。

「今帰りか?」
「はい。あの、食満先輩もですか?」
「ああ。ちょっと部活に顔を出しててな」

あ、そうか、部活。活動中のところもあれば、ちょうど終わることだってあるだろう。一日に二回会えることが初めて話したあの日以来でひどく動揺してしまった。
折角だから聞いても良いだろうか。会話の流れとタイミングとしては不自然じゃない筈だし。私はどきどきと速まる鼓動を抑えながら口を開く。

「食満先輩って、何部なんですか?」
「ん?ああ、バスケだ」
「バスケ……身長高いですもんね」

そっかバスケか。ルールとかはあんまり知らないけれど、食満先輩なら格好いいんだろうな。ちょっと勉強してみようかとか思ったのは内緒だ。
私の初心者感丸出しの返しにも気にした様子を見せず食満先輩は目を細めて笑う。相変わらず半端なく格好いい。

「つってももう引退してるからな。後輩の練習を見たり、ちょっと身体動かしたいときに行くだけだ」
「それって引退って言うんですか?」
「大学は推薦決まってて、受験勉強しなくていいから暇なんだよ」

だから後輩の練習相手とかな、そう言う食満先輩はきっと後輩の面倒見がいいんだろう。食満先輩は楽しそうに笑っていた。
バスケ部なこと、進学が決まってること、面倒見がいいこと。知れば知るほど、もっと知りたくなる。もうちょっとだけ踏み出しても、嫌がられやしないだろうか。

「食満先輩、帰りはどちらの方面ですか?」

此処でお別れよりも、もう少し。




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