友人Υの一日

経過はなかなか良好といった具合だろうか。
買い物を終えてからも幾つかの店を見て回れば、夕食には少し早い程度の時間帯になっていた。夕食はピークを過ぎてからにしようと相談で決めて、そこそこ広いカフェに入ったのが十分ほど前だ。
その隅の席に座る四人組を鏡越しに盗み見る。前髪を直す振りをしておけば気付かれることもないだろう。気付かれていても、そろそろ問題ないのだけれど。

「お、お待たせ……」
「いえ。何もなかったようで安心しました」
「あはは……本当、情けなくて……」
「伊作先輩の所為ではありませんよ。コーヒーを引っくり返されたのも、それが掛かってしまったのも、全て店員の落ち度です」

いつもの不運ですぐに衣服を汚されてしまった善法寺先輩が、着替えを終えて戻ってきた。元の服に着替えた先輩は買ったばかりの上着も着ている。それなら汚れも隠せるし、少し暑そうだけれど問題ないだろう。薦めてよかった、私はドリンクを飲みながらそう思う。
向かいに座り、肩を落として落ち込む先輩に、私は彼の分のコーヒーを勧める。着替えを先にしたいからと、私が代わりに受け取っておいたものだ。一緒に渡されたクリーニング代も隣に添えれば、「ごめんね、ありがとう」しゅんとしたままでそう述べた。
それにしても謝罪とお礼が多い人だ。まあ、噂に違わず人がいいのだろう。あやと食満先輩のためにわざわざ私と出掛けることを受け入れたし、どんな目に遭っても怒り出す兆しもない。
人がよくて、いい人。だから立花委員長たちとも友人でいられるのだろう。

「このあとは、どうする?」
「そうですね……伊作先輩の希望がないなら、引き続き買い物でもしましょうか」
「うん、それでいいよ。今度は何処に行こうか?」
「そろそろ燃料投下したいところですし……」

お茶をしながら軽く打ち合わせを終えると、私たちは席を立った。それとなく先輩方の傍を通りながら、楽しげに会話をしてみせる。

「立花委員長にプレゼントを用意しようと思うんです」

わざと先輩方に聞こえるように、言ってみたりして。



立花委員長の誕生日は、まだずっと先だ。だからそのプレゼントがろくでもないものだとは簡単に予想されるだろう、私と後輩の綾部は委員長に対してろくでもないことばかりしているから。
だから立花委員長は見届けるためについてきてくれる筈で、少し離れたところに隠れるつもりのなくなっていそうな彼らの姿もあることからその予想は当たっていた。

「ホームセンターでいいの?」
「はい。いつも手作りなので」
「ふうん……羨ましいな」
「……羨ましがるものではないですが」

市販のものには限度があるから手作りなのだけれど、何か勘違いさせてしまったようだ。基本、ちょっとびっくりさせるためのものだから、もらって嬉しいものでもない。棚を眺め歩きながらそのことを説明すると、善法寺先輩は複雑そうな顔をして「……そっか」と呟いただけだった。

「それにまあ、結局作ることもなさそうですし」
「……そうだねぇ」

もう終わりにするつもりらしい。私たちは立ち止まる。
隣の通路から先回りしたのだろう、ずらりと並ぶ彼らの姿は、なかなかに威圧感があった。

「これはこれは偶然ですね、立花委員長」
「まだ白を切るつもりか」
「なんのことでしょう」

はて、と首を傾げて見せれば、立花委員長は呆れたように嘆息。その間に善法寺先輩が七松先輩に拐われていったりそれを潮江先輩と中在家先輩が追い掛けていったりしたけれど、まあ、向こうは向こうでどうにかなるだろう。

「留三郎たちの邪魔をさせないように、この企みだったのだろう?」
「気付いていながらお付き合いくださったんですね、さすが立花委員長お優しい」
「途中からだがな。そう思うならそのプレゼントとやらは控えてほしいものだが」
「ろくでもないと分かっていながらお付き合いくださる立花委員長お優しい」

ひくり、と委員長の端整な顔が一瞬歪む。その瞬間が結構好きだけれど、からかうのはこれくらいにしておこう。私は冗談ですよと笑って首を振った。

「まあ、あの子の邪魔をしないでくださったから。プレゼントはまた今度にします」
「……まったく。あの生徒がお前の友人だったとはな」
「食満先輩はともかく、私の友人にちょっかいをかけるような真似はしないでくださいね」

溜め息を吐く立花委員長は、なんだかんだ私にも甘いのできっとあやに直接関わりにいくことは暫くの間はないだろう。できれば七松先輩のことも止めてほしいと伝えれば、中在家先輩が抑えてくれるだろうとのこと。あのひとも後輩に優しいひとだからあやが悲しむことはさせない筈だ。
まあ、今日はこれでいい。あやの初デートも滞りなく進んだことだろうし、結果は上々だ。

「では私は、善法寺先輩を救出に向かいます」
「まだ続ける気か」
「まぁ、一応。今日一日の約束ですからね」
「そうか」

何処へ消えただろうかと考える私に、なら行けばいいと追い払うように背中を押す。踵を返す前に見た立花委員長は、何故かまた楽しそうに目を細めていた。




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