友人Ζの混乱

「待ち合わせの相手が宗教の勧誘を受けていたのは初めてです」

そう感想を漏らす彼女に僕は苦い思いを飲み込んで笑うしかなかった。
今日も朝からついていない。お気に入りの鞄の金具が壊れていたし、信号にはやたらとひっかかり、その上車に泥を跳ねられて、待ち合わせには遅れず済んだけどよく分からない宗教に勧誘されるわ祈られるわで散々だ。しかも後輩の女の子に助けてもらったというのが情けなくて、ついつい溜め息が漏れてしまった。

「ついてないことばかりでもありませんよ。どうやら立花委員長たちはこちらを選んだようですから」
「え、本当?」
「探さないでくださいね。向こうの人混みの中にいます」

彼女の言葉に、皆を探しそうになった首をぴたりと止める。そうだ、これが演技だとばれてしまったら意味がない。皆が僕らに興味を失えば、すぐにでも留三郎たちの方へ行ってしまうだろう。あのふたりの邪魔をさせないことが、僕らの任務だった。
彼女の考えた作戦は単純だ。僕らが偽のデートをして、皆に尾行してもらう。そうすればその間は留三郎たちの邪魔をできないから。途中でニアピンもしないよう留三郎たちの待ち合わせ場所とは違う場所を選んだし、皆が退屈しないよう様子を見て燃料を投下すれば一日くらいなんとかなるだろう。小平太と仙蔵に気をつけていれば蓋手に……いや、二手に別れることもない筈だ。あのふたりが面白がりそうなことは、何となく読めないこともない。

「それじゃあ、早速行こうか」
「はい。まずは買い物でいいですか?」
「うん、いいけど……」
「その格好でうろうろするのも、どうかと思いますしね」

そうだ、忘れていたけど、泥を跳ねられてシャツまで汚れていたんだった。やっぱり苦笑いするしかない僕は、ほんの少し可笑しそうに笑った彼女に歩き出すのが一瞬遅れてしまっていた。



「伊作先輩」

今までそう呼ばれたことはないけれど、親密な関係だと思わせるには効果的だろうとの考えでそう呼ぶことにしたらしい。最初に呼ばれたときには変な声が出たが、もう取り乱す筈もなく「どうしたの?」僕は余裕を持ってそう応える。

「伊作先輩は可愛い色が好きなんですか?」
「えっ」
「似合いますけど。自分からピンクを取るのは珍しいんじゃないかと思って」
「うっ……や、やめておこうかな」
「どうしてです?似合ってますよ」

余裕を持ってた筈なのに、そんなものあっという間に消え去ってしまう。調子が狂うと感じるのは、こうやって女の子と一緒に出掛ける機会なんて滅多にないからだろうか。これは留三郎たちのためで、それ以外の意味なんて何もないのに。
とにかくピンクはやめるべきかなぁでも似合っているとも言われたし。そう悩む僕に、すっと何かが差し出される。僕とそれに視線を行き来させると、彼女はうんと頷いた。

「この上着も似合うと思います」
「え、そ、そうかな」
「ちょっと暑いかもしれませんけど」
「あ、でも、これから涼しくなってくるし、今頃も夜になったら肌寒いしね」

早口になってしまったのはあんまり買い物に時間を掛けても仙蔵たちが飽きるかもしれないから、なんてわけじゃなく、何だか照れくさくなったからだろう。結局その二着とジーンズを持って店員さんに渡す。着替えていきたいと言えば快く試着室を貸してくれた。
着替えを終えたら彼女がすぐ外にいて「似合ってます」なんて言うものだから、それはきっと演技なのにやっぱりどきっとしてしまう。彼女はなかなかに、役者だった。




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