友人Υの工作

顔を合わすなり「ごめん」と頭を下げた善法寺先輩に、既に謝罪はメールで聞いたと頭を上げてもらう。そもそも善法寺先輩が謝ることなど何もない。
あやと食満先輩に関する出来事はすぐに情報を共有できるよう、私と善法寺先輩は頻繁にメールのやり取りを行っている。だから今日の昼休みに起こった出来事も、放課後の今には把握できていた。立花委員長があやの存在に気付いたことも、それについて善法寺先輩が追及されたことも。

「遅かれ早かれこうなることは分かっていたじゃないですか」
「うん……けれど、すまない、僕がもう少ししっかりしていれば」
「相手は立花委員長ですからね、易々と倒せる……いえ、いなせる相手じゃありません。むしろ善法寺先輩はよくやってくださいました」

善法寺先輩が知らぬ存ぜぬを突き通したおかげで、あやに関する情報は彼女と同じ委員会の中在家先輩から語られる程度しか得られていない筈。その範囲は決して広くはない。せいぜい性格や本の趣味といったところだろう。
あやと私の繋がりも、立花委員長はきっと知らないまま。それに対し、私は立花委員長と同じ風紀委員会の副委員長を務めている。立花委員長のことはそこいらの生徒よりは知っているつもりだし、足りない部分や他の先輩方については善法寺先輩が補ってくれる。後手に回ることはない筈だ。

「立花委員長のことです、すぐに土曜日のデートをも突き止めるでしょう。食満先輩に悟らせない為にも、きっとそのとき初めてあやに接触しようとする筈」
「はじめてのデートは邪魔させちゃいけないよ」
「勿論です。ですので……少々付き合ってもらいますよ、善法寺先輩」

裏を返せばそのときまでは接触しない。土曜日まであと四日、それまでにどれだけ情報収集を阻止できるか。立花委員長を出し抜くのは至難の業だけれど、友人の幸せのために出来る限りのことをしようと思う。



興味を逸らすにはどうすればいいか。手っ取り早いのは他に興味を引くものを用意することだ。完璧に興味を移してしまわなくてもいい、どちらか二択を迫られたとき、優先させられる程度に興味を持ってもらえれば。

「明後日の土曜日に約束をしているようだな。少しからかいに行くか」
「おお、それなら私も行くぞ!留三郎の彼女を見てみたい!」

案の定突き止めていた立花委員長の言葉を、私は扉越しに聞く。扉の向こう、屋上には食満先輩を除いた彼らが集まっている。楽しそうな立花委員長はやっぱり茶々を入れるつもりらしい。目下の敵は立花委員長だ。続いて声を上げた七松先輩はともかく、水を差す気しかない立花委員長にあやの恋路を邪魔させるわけにはいかない。

「長次もその日は暇だろう?長次も参加だからな!」
「文次郎、お前も強制参加だ。鼻の下を伸ばしている留三郎が見たいだろう?」
「別に興味ねぇよ」

中在家先輩がなんと答えたかは分からないけれど、七松先輩が食い下がらないからそのまま了承したのだろう。潮江先輩は否定しながらも「……だが、その日は暇だ」やっぱり興味はあるらしい。
四人の参加が決定すれば、残るはひとり、善法寺先輩だ。集中砲火にもうまく立ち回ってもらわないと。

「伊作は?」
「ぼ、僕はちょっと、用があるから」
「用?」
「まさか……女か?」
「ま、まさかぁ。僕にそんな相手がいると思う?」
「まぁ、それもそうか」

あっさり引き下がろうとする立花委員長に思わず舌打ち。もっと問い詰められてから零す方が信憑性が出るだろうに、このまま流されても困る。私はドアノブに手をかけると、がちゃりと回して扉を押した。
一斉にこちらを振り返る五対の目。七松先輩のきょとんとした表情が誰だと問いかけてくるけれど無視だ。「ご歓談中のところ失礼します」一定の距離を保って声を発すれば、立花委員長が首を傾げた。さらりと綺麗な髪が流れる。相変わらず女子顔負けのサラストだ。

「お前か、どうした」
「あ、いえ、立花委員長ではなく伊作先輩に」

ぴくりと柳眉が上がる。立花委員長に口を挟む暇を与えず、今度は善法寺先輩だけに顔を向ける。ハッと何かに気付いたような顔をする善法寺先輩はなかなかの役者だった。

「今度の土曜日ですけど――」
「ちょっ、む、向こうで話そう!」

ぐいぐいと引っ張られて先輩方から距離を取る。「本当にこんなので大丈夫なの?」「大丈夫です、きっと」小声の応酬の最中ちらと彼らを見てみれば、全員こっちに目を向けていた。
ほんのちょっと興味を持ってもらえればいい。立花委員長にとって、『友人と見知らぬ女子』より『友人と見知った女子』の方が気になる筈。それに、彼女がいた時期もある食満先輩より、その不運から彼女が出来たこともない善法寺先輩の方が物珍しい。

「では、土曜日に。楽しみにしてます」
「う、うん」

先輩方の興味が消えてしまわないように、土曜日までの今日と明日、善法寺先輩には頑張ってもらわないと。戻っていく善法寺先輩の向こう側で、立花委員長が何やら楽しそうに視線を細めていた。




目次
×
- ナノ -