少年Κの告白

「告白しようと思う」

自分の決意を確固たるものにするべく伊作にそう告げれば、伊作はノートに視線を落としたままふーんと相槌を打ち、そしてすぐに顔を上げた。その拍子に机から教科書が雪崩れ落ちる。相変わらず不運というか、忙しい奴だ。

「なんだって?!」
「告白しようと思う」
「誰に?!」
「ひとりしかいないだろ」

ひとりしかいない。飛鳥井以外に、いる筈がない。
友人の後輩で、きっと接点なんて持つことがなかった奴だった。それをどうしてか好きだと思い、想い続け、想うだけでは足りなくなってしまった。自分でも馬鹿馬鹿しいほどに求めて、少し近付けただけで喜んで、だんだんと独占欲のようなものの抑えが効かなくなっていた。

「……理由を聞いてもいいかい?」
「理由って言ってもな……強いて言うなら飛鳥井の修学旅行か」
「告白されてたやつ?」
「それが原因かは分からないが、あの頃から元気がない気がするんだ」

あれから話をしていても、一緒に帰っていても、何処か沈んでいる気がする。悩み事でもあるのかと訊いても何でもないと、やっぱり元気なく笑うのだ。何か悩みがあるのなら話だけでも聞いてやりたいし、話も聞けないなら代わりに何だってしてやりたい。しかしそれをするには俺と飛鳥井の関係は不安定すぎた。俺は飛鳥井にとってただの先輩でしかない。その位置は確かに楽だし心地よいけれど、飛鳥井の為に何もできないのならば隣に立ちたいと思うのだ。

「ただの先輩じゃ駄目なら、それ以上になるしかないだろ。賭けみたいなもんだけどな」
「そっか……頑張れ、って言えばいいのかな」
「月曜日に告げるつもりだから、玉砕したときの慰めの言葉でも考えておいてくれ」
「どうしてそう悲観的なんだい」

駄目だったときは落ち込むどころじゃ済まないだろう、そんな自信がある。そんな俺の言葉に呆れた風にする伊作は、それでも仕方がなさそうに笑った。

「……大丈夫、ずっと想い続けてたんだから、きっとうまくいくよ」

何の根拠もない言葉だが、伊作に言われるとそんな気がしてくるからやはりこいつは親友なのだろう。



それが、昨日、日曜日のことだった。

これは夢か、いやまさかそんな筈はない。冷たい空気が肌を刺すこれは現実だ。それならば幻覚か。いいや逃避は止そう、隣にいる飛鳥井は、暗い中でも分かるほどに頬を赤く染めている飛鳥井は、確かにそこにいる。
じゃあ、その飛鳥井はたった今何と言った。これは現実だし飛鳥井はそこにいるが、こればかりは都合のいい幻聴だったのかもしれない。まさか、飛鳥井が、俺のことを。

「食満先輩のことが、好きなんです」

しかし飛鳥井が再度言った言葉に、やはり幻聴なんかじゃないと突きつけられる。
じわじわと顔に熱が集まるのを感じ、混乱する頭の中が喜色に染まるのを感じ。緩みそうになる口許を抑え込む。口を開けば情けない声が出そうになって言葉を飲み込む。そんな俺をどう思ったんだろうか、飛鳥井は悲しげに眉を寄せて、「すみません」ぽつりと言った。

「突然で、すみません。でも伝えたかったんです。知ってほしかったんです……いえ、ただ、自分の中に留めておくのが苦しくなっただけなのかもしれない。先輩の御迷惑になると分かっていても、黙ったままでいられなかったんです」

……ああ、俺、格好悪ィな。
飛鳥井の力になりたかった筈なのに、俺のことで悩んでいたのなら嬉しいなんて思ってしまった。好きな女に好きだと言われたのに、どうしてすぐに応えない。自分の情けない姿を隠そうとするのた必死になって、飛鳥井にこんな顔をさせてるんじゃただの馬鹿だ。
泣きそうな顔を安心させたくて咄嗟に飛鳥井の手を握る。いや、自分がそうしたかっただけなのかもしれない。びくりと肩が跳ねるが離さずに、俺は飛鳥井の名前を呼ぶ。

「食満先輩……」
「飛鳥井、俺の話も聞いてくれるか?」
「は、はい」

本当は何を言おうかも考えていたが、そんな格好つけた告白はもう必要ないだろう。たった一言、簡潔だけど何よりの本心を口にすれば、それだけで飛鳥井に伝わるのだから。

「俺も、飛鳥井が好きだ」

だから付き合ってくれと告げれば、飛鳥井は目を瞬かせて更に頬を真っ赤にした。それでもこくりと頷いた飛鳥井は恥ずかしそうにはにかんで笑う。それが嬉しそうにも見えたのは、きっと俺の思い上がりだけじゃないだろう。




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