少女Αの決断

委員会の先輩の友人のひとりで、ただそれだけの人だった。当然会話もしたことがなくて、格好いいとは思ったけれどお近づきになりたいとまでは思ってなかった。
それがほんの少し話をして、なかなか取れなかった本を取ってもらっただけで、落ちるように恋をした。すごく単純で、思い違いだと笑い飛ばされそうな理由。それでも嘘ではないのだ。否定されてもいいけれど、私が否定するわけにはいかない。
一目惚れ同然だったけれど、この恋は確かに恋なのだ。

最初は一目見れるだけで嬉しかった。それから少しずつ話をしたり、一緒に帰ったり、とても幸せになって、胸は破裂しそうなほどどきどきした。
けれど次第にそれでも足りないと思ってしまった。自分はこんなにも強欲だったかと呆れてしまうくらいにもっともっとと願って、けれど今の関係を手離したくなくて自分では進めないでいた。誰かに背を押してもらうのを期待していたのかもしれない。誰かが取り持ってくれないかと期待していたのかもしれない。私はいつだって何もしていなくて、ただ先輩や友人の好意と言葉に甘えてばかりだったから。
でも、いつまでもそれではいけないのだ。臆病だからと言い訳して、逃げてばかりじゃいけないのだ。
何もできない私だから、きっと先輩に好きになってもらうことなんてできない。それでもたった一度だけでも自分で動き出さなくちゃ、この恋が終わるときに顔向けできないと、思う。



「だから、せめて先輩が誰かとお付き合いする前に、自分の想いは伝えようと思うの」

私がそう言うと、友人は「そう」と頷いた。それからコーヒーに口をつける。暫く手をつけられていなかったカップからは湯気は見えなくなっていて、温くなってしまっているんだろうとぼんやり思った。
この話をしようと思ったのは一昨日の金曜日。学校は勿論、外でこういう話をするのはなんだか恥ずかしくて、日曜日に私の家まで来てもらったのだ。もしかしたら私が泣いてしまうかもしれないと思ったのも、ある。
相槌を打つばかりで口を挟むことなく聞いてくれていた彼女は、深く息を吐く。説教かと反射的に背筋を伸ばす私に小さく笑うと、彼女はもう一度「そう」と呟いた。

「どうしてそう後ろ向きなのか分からないけど、ようやく決心したのね」
「……うん」

ようやくと言った彼女には、随分と迷惑をかけてしまった筈だ。話を聞いてもらったり、助言をもらったり、背中を押してもらったり。
「決めたからには、もう逃げないように」そう念を押す友人にしっかりと返事をすれば、彼女はよろしいと先生のように頷いた。彼女が先生なら私は出来の悪い生徒だっただろう。どれだけ礼を言っても足りやしない。

「玉砕したら、慰めてね」
「スイーツバイキングでも奢ってあげるわ。その代わり、うまくいったらあんたが奢りなさいよ」
「うん」

そのときはノロケも聞いてあげるわ、そんな彼女の言葉に、そうなればいいなと私は笑う。夢を見るのは今のうちだけだ。きっとどちらにしても彼女にとっては面倒なことになりそうだけど、これが最後だろうから彼女の言葉に甘えさせてもらおう。

「……でも、直接言える気はしないから、手紙とかでもいいかな」
「……今どきラブレター?まぁ、あんたらしいとは思うけど」

友人は呆れたように言うと、しかし早速レターセットを買いに行こうかと訊いてくれる。私はそれに首を振りながら、既に買っていたレターセットを机から取り出した。悩むつもりで行った文具店で一目で気に入ったこの手紙は、きっと私の想いを先輩へ伝えてくれるだろう。
優しい友人はそれにいいじゃないと肯定的なコメントを述べて、私にペンを取らせた。

「うまいこと書こうだなんて考えないで、あんたの想いを素直に書きなさいよ」
「うん」

書くことは決まってる。私は食満先輩が好き。その気持ちだけを、文章に乗せるのだ。




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