少女Αの選択

文化祭が近づいてきた。
二年生は特にイベントが続いてとにかく忙しい、と自分に言い訳して、食満先輩と会う機会を少し減らした。今年は演劇でも屋内でもなく屋台になったから、当日やその直前になるまではあまり忙しくないのだけれど。それでも雑用や細々とした準備はあるから、それに積極的に参加した。だから嘘を吐いているわけじゃない。本当のことばかりでも、ないけど。

「飛鳥井さん、最近元気がないみたいだけど、大丈夫?」

不破くんの言葉に、私は頷いた。今日は月に一度の図書整理の日だ。並んで本棚の整理をする私たちの私語を、中在家委員長は今日ばかりは目を瞑ってくれている。勿論小声でしか話せないけれど、おかげで他の図書委員には届くこともないだろうと私は口を開いた。

「大丈夫。ちょっと、悩んでることがあるだけで」
「悩んでること?」
「うん……あ、他の人からすれば大したことない悩みなんだけどね」

誰かに聞いてほしいけれど、不破くんにすれば迷惑じゃないかと言ってから気がついた。慌てて誤魔化すように笑ってみれば、不破くんは誤魔化されてくれることなくゆっくりと首を振る。それでいて真剣に私を心配してくれているらしい、眉尻を下げつつ私に告げるのは、優しい言葉。

「優柔不断な僕に言われても、って感じだろうけど……どんな悩みでも、本人にとって真剣な悩みなら、他人がそうじゃないなんて言う権利はないよ」
「……不破くん」
「だからどんな悩みでも話してみて、って言っても僕が相手じゃ話しにくいだろうし、相談相手に相応しい人がちゃんといるだろうから、僕は言いたいことだけ言わせてもらうね。……飛鳥井さんは、後悔しない選択ができるまで悩めばいいと思う。それまで選択しないのだって、選択のひとつだよ」

さすがに悩みすぎて寝ちゃうのは駄目だけどね、そう冗談めかす不破くんにくすりと笑えば、不破くんも笑った。
くすくすと笑いあった後に手が止まっていることに気付き、急いで作業を再開する。すっかりタイミングを逃したけれど、それでも全部が終わってから「ありがとう」お礼を言えば、不破くんは照れくさそうにその言葉を受け取ってくれた。

後悔しない選択、とはなんだろう。想いを告げてこの関係を終わらせてしまうか、ずっと言わないままに先輩が他の人とお付き合いするまでこの幸せの中にいるか。不破くんには悩みごとがあると言ったけど、今までは逃げているだけだった。けれどきちんと悩んで、選択してしまえば、きっと覚悟が出来る筈だ。

メールをひとつ。相変わらず時間を掛けながら、明日一緒に帰ってもいいかと質問を送る。どきどきして、胸が破裂しそうになったけれど、すぐに返されてきたメールにほっと撫で下ろした。
翌日は委員会の仕事も文化祭の準備もなく、クラスメイトへの挨拶もそこそこに急いで昇降口へと向かう。そうすれば既にそこにいた、胸の高鳴りを押さえられなくなる、あの笑顔。

「お、お待たせしました、食満先輩」
「飛鳥井、お疲れ」

向かい合わなきゃ。やっぱり、このままでなんていられない。


 

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