少女Αの停滞

「食満先輩、お待たせしました」

修学旅行を終えて最初の登校日、下足場で待っていてくれた食満先輩に声を掛けると、先輩は数日前と変わらぬ笑顔を見せてくれた。

「おかえり」
「ただいま、です」

その笑顔と言葉に、既に何度感じたのか分からない『帰ってきたんだなぁ』という安心を覚える。食満先輩だからかひとしおだ。ふたり並んで歩く道にもそう思ってしまうのは、さすがに浮かれすぎだろうけれど。

「楽しかったか?」
「はい。これ、お土産です」
「いいのか?悪いな」

お土産は無難にお菓子にしておいた。食満先輩の学年も修学旅行は同じところだったから、地域限定のストラップなんかは喜ばれないだろうと思ったからだ。
とは言い訳で、鞄の中にはストラップが眠っている。残るものの方がいいんじゃないかとの友人の薦めで買ってしまったものだ。キャラクターの地域限定ものでなく、水族園で買った小さな動物のチャームがついたシンプルなそれは、あまり食満先輩も嫌いじゃないと思う。嫌いじゃないといいな、と、思う。
それでも渡すのは躊躇われた。何故かと考えてもその理由は見つからず、けれどこの手は鞄を開くためには動かない。そうしているうちにすっかりとタイミングを失ってしまって、それでよかったのだと頭のどこかで私を甘やかす。本当によかったなんて、きっとそんな筈がないだろうけど。

「それで、体験学習で――」
「へえ」

よく分からない葛藤とは別に、口からは絶えず修学旅行の思い出が流れ出る。聞き手に徹してくれる先輩は相槌とちょっとした質問を繰り返してくれて、私ばかりが話していても笑っていてくれる。すごく楽しくて、とても嬉しい。
けれど、食満先輩はどうなのだろう。退屈してないだろうか、つまらないと思っていないだろうか。そう思うと急に声が喉につっかえてしまって、食満先輩が訝しげな顔をした。

「どうしたんだ?」
「あ、えっと、その……私ばかり喋ってしまって、退屈じゃ、ないですか?」
「へ?ああ、なんだ。土産話、期待してるって言っただろ?」

気ぃ遣ってくれてありがとうな、と先輩が目を細めて優しい表情を浮かべてくれる。その言葉に私は安心して、緩みそうな頬を隠すため目を伏せつつ礼を述べた。

やっぱり、まだ、

話しているうちに家が近くなる。名残惜しいと速度を落とそうとしているのに気付き、慌てて歩調を保った。ただでさえ遅すぎるほどなのに、これ以上落とせば食満先輩の歩幅じゃ歩きにくいどころじゃないだろう。
意識して足を動かす私に「飛鳥井、」食満先輩が名前を呼ぶ。返事と一緒に顔を上げる私に対して、先輩は言い淀むように視線をさ迷わせた。

「先輩?」
「……いや、なんでもない」

何を言おうとしたんだろう。真剣さを含んだ目を伏せる先輩が何を思っているのか、とても知りたかったけれど先輩が首を振るなら叶うことはない。望めるならば私にとってよくない思いであってほしい、でも、私はまだ、それを言葉にすることはできない。

「じゃあ、また明日な」
「はい。また、明日」

いつか言えるだろうか。鞄に眠るお土産も渡せるだろうか。今日足が竦んで何も出来なかった私に、友人はきっと呆れるだろう。それでいいのかと静かに問い質すのだろう。それに頷ける筈はなかったけれど。

でも、今はまだ、もう少しだけこのままで。


 

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